竜に選ばれし召喚士は口説き上手な外交官に恋の罠に落とされる

11 訳

 さっき「自分のせいで、この人が他の人とそういう事をするのは嫌」と、この役目を引き受けたのは、他でもないナトラージュ本人だった。

 けれど、さっきまで当の本人は喋ることも、動くこともままならない重体だったので、心の何処かでこういう事にはならないのではないかと、なんとなく安心した気持ちがあったのは事実だ。

 ヴァンキッシュの目はやけにとろんとしていて、視線は定まっていない。

 ただただ媚薬によって高められた性欲という、つよい本能のみに従って勝手に口や体は動いているようだった。甘い睦言のようなものを口にして、意識はあるようでもヴァンキッシュの意志はそこにはない。

(……それも良いかも……知れない。こうやって一夜を過ごして純潔を捧げたとしても、その事をこの人に重荷に思われたくはない)

 彼が知っているかどうかは知らないが、ナトラージュは一応リンゼイ伯爵令嬢だ。この国での貴族の女性の純潔を捧げる意味は、南国で育った彼にすれば「面倒くさい」と感じるものなのかもしれなかった。

 ナトラージュは数え切れない様々な理由から、自分はヴァンキッシュの本命になることはないと、確信していた。

 優しげな視線、そして心ふるわせるような言葉、すべてが渇いた砂漠で夢のように現れるという蜃気楼のようなもの。美しく儚く、霧のように実体のないもの。必死で走って追いかけたからと言って、決して手に入るようなものではない。手にすることは、どうしても出来ないからだ。

「全部……可愛い……」

 彼はしげしげと下着姿のナトラージュの全身を眺めて、嬉しそうにそう言った。

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