殺すように、愛して。
 名状しがたい劣等感に苛まれ、どこにでも落ちているありふれた文字を適当な場所で適当に拾って適当に切り取ったみたいな陳腐な単語が入り乱れる。落ち込む気持ちと共に自然と黒目が下がり、その瞳は、直接は見られない自分の首をきつく覆っている黒い首輪を鏡越しに捉えた。そっと指先で触れる。黛から与えられ、黛につけられたその首輪は、まるでオメガの象徴のようで。証拠のようで。現実を突きつけられているかのようで。黛がいない今なら簡単に取り外しができるが、アルファに噛まれたら即終了な項を隠せていることに人知れず安心感を覚えてしまっている俺は、つけられている首輪を外せなかった。外そうとすれば、黛のあの躊躇のない手で首を絞められるような圧迫感すら覚えてしまう。こっそり緩めることはできたとしても、それ以上は心が抵抗してしまうのだった。この首輪は、外せない。

 束縛するような首輪を、心理的な拘束も相俟って外すことができず、最終的にそれを身に付けたまま鏡から目を逸らした俺は、足早に廊下を進んで教室を目指した。話したいことがあると声をかけてくれた例の彼らをずっと待たせてしまっている。すぐ戻ると言っておきながら、自分でも想定外のことに出会してしまい遅くなってしまったため、流石に彼らも痺れを切らし、機嫌を悪くして帰ってしまったかもしれない。もし姿がなかったら、明日自分から声をかけてみるつもりだった。連絡先を知っていればメッセージを送信することも可能だが、生憎彼らと連絡先の交換はしておらず、学校で会う以外でのやり取りはできなかった。
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