殺すように、愛して。
 俺と番になるという目的のために人を殺す黛の姿は、正気なのに狂っている、狂っているのが正気になりかけている俺にとって、心臓が熱く激しく高鳴ってしまう光景だった。狂気的で、暴力的で、猟奇的で、それに、なぜか、煽動される。血が滾る。

 どこの誰かも知らない男たちには好き勝手に輪姦され、精神が崩壊し、不法侵入や無許可の靴の拝借、加減のない暴力を平然と行った黛には洗脳され、彼との関係のみならず家族全体の関係すら変化したあの衝撃的な出来事が続いた日から、俺の心はどことなくすっきりせず、何をしても十分に満たされなくなっていた。ぽっかりと穴が空いてしまったかのようで。皮肉にもその穴は、変わらず俺を繋ぎ止めようとする黛との接触でしか埋められず、もはや黛のための穴でしかなかった。黛じゃないと、もう満たされない。黛じゃないと、この穴は埋められない。

「……まゆずみ」

 ぽとりと落ちた、漏れた声が、包まっている布団の中に吸い込まれていく。高校最後の夏休み。もうそろそろかもしれないと気を張っていれば、予想通り訪れてしまった二回目の発情期に俺は苛まれていた。自宅の自室であっても安心はできず、フェロモンの拡散を少しでも制御したいがために、その行動に意味があるのかどうかも分からないまま布団の中に潜り込んで、汗だくになりながら慣れない発情に堪え忍ぶ。症状が出始めてすぐ、気休めになっているようにも感じられる抑制剤を飲みはしたが、精神的に多少楽になるだけで快復はしなかった。

 暑くて熱い、酸欠になりそうな密閉された空間で、誰にも、無意識に求めてしまっている黛にすら助けを呼べないまま、ふー、ふー、と動悸と衝動を抑えるように荒々しく二酸化炭素を吐き出し続ける。その間、脳味噌は当たり前のように黛のことばかり考えて。限界寸前で乱れていた。
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