殺すように、愛して。
 そんな由良は今日、勉強会という名の遊びに誘われたらしく、もう既に家を出ていた。成績もよく、人当たりもいい由良は、クラスメートからも信頼されているのだろう。オメガの兄を持つ弟という意味で何かされたり言われたりしているんじゃないかと勝手な想像をして申し訳なさを感じることもあったが、校内で偶然すれ違っても彼の態度は変わらないから、俺の懸念は取り越し苦労なのかもしれないと思い、しつこく追及はしなかった。兄弟であっても、干渉しすぎるのは良くない。

 由良に対する感謝と劣等感のうち、後者だけを無理やり払い退けながら、早く行って帰ってこよう、と適当で地味な身なりで財布を片手に家を後にする。いつもお世話になっている病院は徒歩で行ける距離にあった。そこで毎回、もう随分と顔見知りになっている看護師に、お大事に、と処方してもらっている抑制剤は、手放せなくなった包帯と同じように切らしたくないもので。精神的な問題で巻いている包帯はともかく、抑制剤に至ってはオメガにとって欠かせないものでもあるため、俺に限らずオメガとして生まれてきてしまった人はほぼ全員服用しているに違いない。発情していようがいなかろうが、抑制剤がないと不安な日々を送る羽目になってしまうのだ。余計な心労を増やしたくはなかった。

 足元を見ながら、時折顔を上げながら、日差しを全身に浴びて歩くこと十数分、目的地の病院に辿り着いた。包帯を何度も巻き直した時から漠然とした不安が付き纏っていたが、その道中では特に何も起きず、やっぱり自分の勘は気のせいなのだと燻る懸念を追い払って。服の下の包帯を撫でるように腕を触った。手首までしっかりと伸びている長袖と、足首まで覆っている長ズボン。夏でもそんな暑苦しい格好なのは、包帯を隠すためでもあるし、包帯の下にある傷を隠すためでもあった。理不尽な暴力を振るわれることはなくなったが、過去に起きた悲惨な現実は俺の体に刻まれている。跡はまだ残っていて、それは、きっと、ずっと、消えてはくれない。俺は死ぬまで、醜いままだ。もう、綺麗にはなれない。
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