殺すように、愛して。
 残念なことにね、とベータ同士だという彼らの第二の性の会話はそこで途切れた。誰かを指差して、彼奴がオメガだと思うだとか、絶対オメガだとか、あることないこと予想を立てて楽しむといった行為もなく、ただオメガの話をしただけで済んだことに、大丈夫、俺の性は誰にもバレてない、大丈夫、今まで誰にも知られたことはないのだから、と言い聞かせながら山場を過ぎたことに安堵の息を漏らした。シャーペンの芯を出していた指の力すら抜けていた。

 緊張による冷や汗が、体に巻いた包帯に染み込んでいくようにスーッと消えていく。それでも、なぜか動悸は治まらなかった。もう彼らはオメガの話なんてしていないのに。常に持っている隠し事のせいで、挙動不審にでもなってしまっているのだろうか。

 体の不調を訴えるような胸の音に自然と瞬きが増える。どうにかして落ち着かせようと深呼吸を繰り返すが、静まる気配は感じられなかった。

 なにこれ、おかしい。

 緊張とは違う症状にいよいよ焦りが募り出すも、相談できる友達もいない俺は、どうにか一人でやり過ごす他なくて。彷徨う視線と落ち着きなく動く心臓に良くない痙攣を起こしてしまいそうだった。

 朝特有の喧騒に包まれた教室で俯いて小さくなる俺は、見えない何かに怯えながら震える息を吸って、吐いて、吸って

「匂い、いつもより若干きつくなってるね」

 吐いた、瞬間、上から降り注いだ静かな低音と刺さる視線に息を呑んだ。咄嗟に顔を上げると、俺の首元に少し顔を近づけていた長身の彼、(まゆずみ)と至近距離で目が合う。驚きのあまり余計に心臓に負荷がかかり、血の巡りが速くなった。
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