媚薬を盛って一夜限りのつもりだったので、溺愛しないでください!
*
翌朝は雨が降った。森は霧が立ち込めたように見通しが悪くなる。冬の雨は冷たく体を冷やす。傷口が完全に塞がっていないので、外での鍛錬は禁止だと伝えると、レオは大人しく家の中で剣の手入れをしている。フローラは薬を調合したり、繕い物をして過ごした。
二人は同じ空間で、それぞれの作業をしながら、ぽつりぽつりと話をする。
「森は……静かだな」
「そうですね。雨だと、特に」
「……ここで一人で暮らすのは、恐ろしくないのか?」
「結界魔法があるので危険な人は近寄れませんし、祖母と母と暮らした家なので、手放すことはないと思います」
「寂しくはないか?」
「母が亡くなってからはしばらく寂しい気持ちもありました。でも、……今は大丈夫です」
なんとなく、勝手にクロ様のことを言ってはいけない気がして、「大丈夫」とだけ答えた。今、フローラが寂しくないのは、間違いなくクロ様のおかげだ。母が亡くなってからは特に、フローラを気にかけてくれている。
「魔女殿はこうして傷付いた人間を介抱することがよくあるのか?」
「いいえ、貴方が初めてですよ」
「そうか。それならばよかった」
ほっとした様子の彼にドキッとした。
「魔女殿」
金色の瞳を真っ直ぐこちらに向け、そして意を決したように、口を開く。
「私のことを、『レオ』と呼んでくれるだろうか」
名前を明かしてくれた。
たとえそれが愛称だけだったとしても、嬉しい気持ちがじわりと胸に染み出す。
フローラは特別な呪文を唱えるように、大事にその音を発音する。
「レオ……様」
音にすると恥ずかしい。そわそわするこの気持ちは何というのだろう。レオがこの家にきてから、フローラの心は全く落ち着かない。早く平穏な日々に戻りたいと思うのに、レオと一緒にいたい、とも思うのだ。
「レオでいい」
「……レオ」
「ありがとう」
頬をバラ色に染めて美しく笑う彼を、もっと見たいと思った。この気持ちに名前を付けて良いのだろうか。そう考えながらフローラも、自分の名を呼んでほしいと望んでしまった。
「わ、私は、フローラと」
「フローラ」
「は、はい」
「フローラ……良い名だ」
彼と別れる未来が数日後には訪れるのだとしても、今だけはもっと側に。
翌朝は雨が降った。森は霧が立ち込めたように見通しが悪くなる。冬の雨は冷たく体を冷やす。傷口が完全に塞がっていないので、外での鍛錬は禁止だと伝えると、レオは大人しく家の中で剣の手入れをしている。フローラは薬を調合したり、繕い物をして過ごした。
二人は同じ空間で、それぞれの作業をしながら、ぽつりぽつりと話をする。
「森は……静かだな」
「そうですね。雨だと、特に」
「……ここで一人で暮らすのは、恐ろしくないのか?」
「結界魔法があるので危険な人は近寄れませんし、祖母と母と暮らした家なので、手放すことはないと思います」
「寂しくはないか?」
「母が亡くなってからはしばらく寂しい気持ちもありました。でも、……今は大丈夫です」
なんとなく、勝手にクロ様のことを言ってはいけない気がして、「大丈夫」とだけ答えた。今、フローラが寂しくないのは、間違いなくクロ様のおかげだ。母が亡くなってからは特に、フローラを気にかけてくれている。
「魔女殿はこうして傷付いた人間を介抱することがよくあるのか?」
「いいえ、貴方が初めてですよ」
「そうか。それならばよかった」
ほっとした様子の彼にドキッとした。
「魔女殿」
金色の瞳を真っ直ぐこちらに向け、そして意を決したように、口を開く。
「私のことを、『レオ』と呼んでくれるだろうか」
名前を明かしてくれた。
たとえそれが愛称だけだったとしても、嬉しい気持ちがじわりと胸に染み出す。
フローラは特別な呪文を唱えるように、大事にその音を発音する。
「レオ……様」
音にすると恥ずかしい。そわそわするこの気持ちは何というのだろう。レオがこの家にきてから、フローラの心は全く落ち着かない。早く平穏な日々に戻りたいと思うのに、レオと一緒にいたい、とも思うのだ。
「レオでいい」
「……レオ」
「ありがとう」
頬をバラ色に染めて美しく笑う彼を、もっと見たいと思った。この気持ちに名前を付けて良いのだろうか。そう考えながらフローラも、自分の名を呼んでほしいと望んでしまった。
「わ、私は、フローラと」
「フローラ」
「は、はい」
「フローラ……良い名だ」
彼と別れる未来が数日後には訪れるのだとしても、今だけはもっと側に。