とことわのその ― 獣と絡まり蔦が這い ―【加筆修正版更新中】
「邑木さん、彼女か奥さんがいるんですかっ」

 思ったよりも大きな声が出た。それでも邑木さんは落ち着いた様子だった。眉一つ動かない。

「答えてください。いるんですか、彼女か奥さんが」

「え、ああ……」

 はっきりとしない口調で返され、わたしの焦りに苛立ちが混ざる。シーツをぎゅっと握りしめ、叫ぶように言った。

「わたし、知ってたら。知ってたら、邑木さんとこんなことっ」

「気にすることないよ。これは、公認だから」

「公認?」

「そう。不倫、公認だから」

 不倫、公認だから。まるで、今夜、鍋だから、のノリで告げられた。

 邑木さんの顔には罪悪も動揺も、気まずさを誤魔化すようなつくり笑いもない。

 わたし、からかわれてる? この(ひと)の感情が少しも見えない。

「ああ、不倫っていっても結婚はまだしてないよ。これからそうなる予定っていうだけで」

 さっきまでわたしの親指を執拗に舐めていた唇は、淡々と告げた。

 この(ひと)でも、結婚するのか。まるで独身貴族を絵に描いたような風貌。結婚式を挙げる姿も、子どもをあやす姿も想像し難い。

 バーでロックグラスを揺らす姿しか見たことがないから、そう思うだけだろうか。邑木さんはいつもひとりでやって来ては静かに飲んで、静かに帰っていく。

 それにしても、不倫を公認するなんて。
< 12 / 187 >

この作品をシェア

pagetop