「恋なのか、愛なのか(女)、説明のつかない感情はもどかしい(男達) 」

突然の連絡、驚く男、二人

 仕事、やめるんですかと聞かれたとき、池上章人(いけがみ あきひと)は即答はせず、少し休むだけだよと笑いを返した。
 その笑顔に相手は、ほっとしたように引退なんて早すぎます池上さんと言葉を続けた。
 確かに、自分の年を考えると引退なんて早いと思う、だが、仕事をしているとテレビの特集などで早期引退、自由に田舎、海外生活でのんびりライフを楽しんでいる人の話を聞くと羨ましいと思ってしまうときもある。
 だが、仕事は好きなのだ、テレビに出て世間の流れ、情勢についてコメントしたり、本も書いたりと色々とやってきた。
 数日前、飲みに行った店で久しぶりに会った友人から疲れてるのかと言われて驚いた。
 
 結婚生活が長くは続かず、独り身になったことで身軽になったせいか周りから声をかけられると断ることなく仕事は受けてきた。
 頑張りすぎてもいけないなと思っていた矢先のことだ。
 
 その日、テレビの収録が終わり、帰ろうとしていたときだ、呼び止められて驚いた。
 仕事関係の人間もだが、友人、知り合いなら自分のスマホや携帯に直接、かかってくるはずだ。 
 警戒心を抱いたのは政治関係のニュースや記事など、報道番組にも出て、コメントしているからだ。
 忙しいからと断ることもできたが、何故か、このときは出てしまったのだ。

 久しぶりと言われて誰だろうと思い、すぐには返事ができないまま少し考えてしまった、女の声だ、笑い声と同時に。

 「春雨(はるさめ)」

 女の声が返ってきた、一瞬、はあっという感じになった。

 「頼みたいことがあるの」
 
 数年、いや、十年か、それが、いきなりだ、突然すぎて、本当に彼女、本人なのかと思ってしまった。
 頼みというのはなんだろうと思ってしまった、金を貸してほしい、保証人にとか、胡散臭い話だとして不思議はない、ネットやTVのニュースで自分の番組でも、そういう話は取り上げてきたのだ。
 だが、彼女はどうなんだろう、いや、人は変わる。
 なのに最後まで話を聞いてしまったのは元々の性格もあったのだろう、だが、話を聞いて引き受けることはできないと池上章人は電話を切った。

 三日、一週間、あっという間に過ぎた、仕事は相変わらずで、いつものように過ごしているつもりだが、どうしても気になってしまうのは、あの電話だ。
 木桜春雨(きざくら はるさめ)、いきなり電話をかけてきたのだ。
 しかも、電話の内容に驚いて自分は断ってしまった、だが、もう一度、彼女に詳しい話を聞こうと思い、だが、連絡をと思っても番号を知らない。
 昔の知り合いに片っ端から電話をかけ。木桜春雨、彼女の家、もしくは電話番号を知らないかと知り合いに連絡をした。
 ところが。

 「彼女の連絡先、どうするの、もしかして墓参り」
 「いや、どういうことだ」
 
 予想もしない答えが返ってきたことに驚いた。

 「だって、亡くなったでしょ、それも」
 
 知人の言葉に池上章人は、しばし、呆然とした。

 

 沢木裕(さわき ゆたか)は舞台役者だ。
 今まで頑張ってきたつもりだった、だが、努力すれば全てが報われるほど現実は甘くない。
 しかし、自分は往生際が悪いらしい、諦めきれず、役者になりたい、舞台に立ちたいとできること、興味のあることはなんでもやってきた。
 そのせいか、最近になって色々なところから声をかけられるようになった。
 どんな仕事、職種でもいえることだが、ある日、突然、転機というものが訪れることがある、遅咲きで芽が出るという話を聞いた事もある。
 最近では60を過ぎて漫画家、歌手デビューをした男性の話がネットやTVで取り上げられていた時には自分よりも年上の男性がと驚いたものだ。

 少し前に若者に人気のある舞台の公演が決まった。
 漫画、アニメだけでなく、昨今では同人誌などの2.5次元舞台、ミュージカルなども大きな舞台などで公演されることが決まって、この舞台は注目されていたといってもよかった。
 ところが、主役とライバル役が稽古中に体調を悪くし、急遽、ダブルキャストからトリプルにということでオーディション募集の話を聞き、受けようかというきになったのだ。
 だが、結果は不合格だった。
 ところが、審査員の中にいた一人の男に声をかけられた、映画に出てみないかと。
 オーディションを受けに来る役者が、どうもイメージには合わないという、いっそのこと、映画自体をと思っていたらしい、ところが、ここで自分を見てピンときたらしい。
 監督の知名度なのか、舞台挨拶もライブ配信が決まったのは驚きなのは海外の役者もでているせいだろう、それだけではない、直前まで役者が決まらず監督がごねて、へそを曲げている、この映画は無理じゃないかという話は噂になっていたようで注目を集めたのは当然といってもよかった。

 舞台や映画、好きだったよな、試写会のチケットを送ろう、そんなことを考えたのだが、連絡先がわからない。
 知り合いに頼んで教えてもらおうと思っていた、だが、そこで予想もしない答えが返ってきた。
 木桜春雨が死んだ、冗談、じゃない、本当なのか。
 友人の言葉を聞きながら、沢木裕はしばし呆然とした。
 
 
 「すまないね、急に呼び出して」

 池上章人は喫茶店に入ってきた男性を見ると、にっこりと笑った。

 「驚いた、いきなり電話がかかってきたもんだから、何年ぶりだ」
 「二年、いや、それ以上か、あっというまだ」
 
 挨拶をした後、池上章人は聞きたいことがあると単刀直入に彼女が亡くなったと言うのは本当かと尋ねた。

 「木桜 春雨か、実は俺も連絡を取ろうとして驚いたよ、亡くなっていたなんて、病気だったのか」

 沢木裕(さわき ゆたか)はウェイトレスに珈琲を頼むとふうっと息を吐いた。
 
 「仲が良かったんじゃ」
 「いや、俺はたまたま話が合ったというか」
 「実は少し前に彼女から電話があったんだ、頼みたいことがあると言われてね、そのときは断ったんだが」
 
 頼み事、沢木裕は不思議そうな顔をした。

 「娘のことを頼みたいというんだ」

 相手が無言になったので無理もないと池上は思った。
 あのときは断った、だが、後に数日、何か事情があるのではと考えて。今現在、気になっているのだという。
 
 「連絡をしたくても電話番号がわからない、公衆からだったんだ」

 公衆電話か、沢木裕は、ぽつりと呟いた。

< 1 / 4 >

この作品をシェア

pagetop