聖なる夜は我儘なプリンセスと
「千歳、はい」

実花子が、こちらに手を出しているのを見て、僕はコートとスーツジャケットを脱いで実花子に手渡した。そして、マフラーは、小さく畳んでビジネスバッグに入れた。

「ありがとう」

「別に、いつも仕事でもしてるから」

実花子は、同期の僕から見ても、才色兼備の有能な秘書だと思う。

ただの同期と焼き鳥屋で過ごす、プライベートな時間ですら、自然とこうした気遣いをやってのけてしまうのだから。

実花子は、自分のコートもハンガーにかけてから、壁のフックにかけると、ビール中ジョッキ二つと、だし巻き、焼き鳥屋盛り合わせを頼んだ。 

「よくわかってるね」

「わかるも何も、千歳と此処くるの3回目だし、無難なものしか頼んでないし」

隣に座った実花子からは、香水の甘い匂いが漂ってくる。

威勢の良い茶髪のアルバイト店員が、僕と実花子の前にビールのグラスを置くと、僕らはすぐに、それを持ち上げて乾杯した。

「はぁぁ……うま」 

仕事の後のビールは、やめられない。僕は唇の端についた泡を左手の親指で拭った。

「大将、ビールおかわりで」

その声に僕が反応して、真横を見ると、すぐに実花子と視線がかち合った。実花子のグラスはあっという間に空っぽになっている。
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