潮風、駆ける、サボタージュ

序章 砂埃

砂埃と潮風のまじったにおいのむこうに、オレンジ色のフラッグが見える、見慣れた風景。

—違う。見慣れた風景だった(●●●)もの。

(いつからだっけ、オレンジ色が砂埃にぼやけて潮風が声を隠してしまうようになったのは。)


校舎の消灯を知らせる校内放送が響く、放課後のグラウンドで藤澤(ふじさわ) 由夏(ゆか)は100m走のラインの向こうを眺めていた。
ほっそりとした上半身に引き締まった筋肉質な下半身、すっきり切り揃えられたショートボブの黒髪。“いかにも”陸上部といったビジュアルをしている。
海から直線距離で200mほどのところにあるこの高校はグラウンドにも潮風が流れてくる。
5月のこの時期は空が青く日差しもやわらかいが、潮が混じっている分、風は少し重たくベタつく。それだけは一年中変わらない。

「藤澤、今日も調子が出てないな。」
陸上部の顧問が由夏に声をかける。
「すみません。」
「謝らなくていいけどな、もう一本、とにかく感覚を掴みなおそう。」
「はい。」
そう言うと由夏はスタートラインにつき、100m先には後輩がオレンジ色のフラッグの頭を下げて構えた。その隣には顧問が立つ。
「ヨーイ…」
顧問のよく通る声に由夏の身体が少し強張る。
———パンッ
顧問が手を叩いた瞬間、オレンジのフラッグが頭を上げ — 由夏が走り出す — 目の前からオレンジが消える。
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