瞳の中の住人

白石刀哉.1


 鼻から上を覆っていた包帯が外れたとき、僕の世界は今ほど鮮明なものではなかった。

 光の調節がうまくいかないのか、白っぽくてぼやけて不鮮明であり、白い世界で色味のあるものは、モザイクをかけられたように曖昧だ。

 それでも、移植手術を受けるまえに味わったあの暗闇にくらべるとよっぽどましだった。

 数日前、病院のベッドで意識を取りもどしたあの瞬間、僕はこれでもかというほど深い、絶望のどん底につき落とされた。

 思い出したくもないが、山に面した田舎道で、恐ろしい爆発事故に巻き込まれたのだ。

 僕の視界がとらえた最期の映像は、するどく尖ったガラス片だった。

 僕の目は死んだ。もともと目のあった眼窩(がんか)はぽっかりと穴があき、暗闇だけの世界となった。

 あの絶望が長くつづかなかったのは、僕の父による働きが大きい。ここであえて“おかげ”という言葉を使わないのは、僕なりの罪悪感が影響している。

 目を失ってたった数日で眼球移植の手術が受けられるのは、父が金の力を使って正規の手続きをすっとばしたからだ。

 父は白石建設という、大手建設会社の社長なので、そうした不正がゆるされる立場にあった。
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