瞳の中の住人

木崎綾音.2


 大好きな兄、木崎翼がこの世を去ったのは、気象庁が今年一番の暑さを観測した七月下旬のことだった。夏休みの真っ只なか、なんの前触れもなく、別れは一方的なものとなった。

 その日。兄は午前中にぶらっと家を出て行った。大学のレポートとやらを仕上げるために調べものが必要だと言っていたので、私は市立図書館に向かったのだと推測した。

 しかし、兄が日頃から愛用しているマウンテンバイクは、兄を目的地に運ぶにいたらず、軽トラックと衝突して宙を舞ったそうだ。見通しの悪い交差点での交通事故だった。

 兄の葬儀はつつがなく行われた。通夜と告別式を終えてもなかなか実感がわかず、私は泣くことすらできなかった。

 もう二度と会うことはないと頭では理解しているのに、いつの日かひょっこりと帰ってくるのではないか、そうひそかに期待した。

 兄の死を(しか)と受け入れたのは、兄の体の一部がだれかの体に移植されたという話を聞いたからだ。

 深夜、母と伯父の会話を盗み聞いた。生前の兄はドナー登録というものを行っていたらしく、見ず知らずの人のために提供者となるのが兄らしかった。
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