裏側の恋人たち

イレギュラーな恋 ②





「ねえ、ちょっと聞いてよ」

忙しくて時間がずれたランチタイム。日替わりランチを食べ終わったわたしの腕をぐいっと引っ張るのは7E病棟の主任の増本でわたしの同期だ。

「般若みたいな顔をしているけど、どうしたの?」

テキパキ働くサバサバ系の彼女の顔がしかめっ面で固まっている。

「あの、今度来た女医よ、女医」

女医?ああ、あれか。
そのまま般若の増本にナース専用休憩室に引っ張り込まれた。

「女王様がどうしたの」

「そう!望月先生の育休で代わりに大学から派遣されて来たあの女医よ、元山カスミ!」

望月先生は奥様の出産に合わせて3週間の育児休暇を取得したので代わりに派遣されたのがその元山先生なのだけど。

わたしは身体のラインにピッタリしたワンピースにハイブランドのロングコート白衣を翻し、ハイヒールで外来を闊歩している姿を見かけただけ。
女王様然とした態度にあれ今ドラマ撮影中だっけ?と思わずカメラを探してしまったほどだった。

医療現場に胸元の開いた服っていうのもピンヒールもあり得ない。
いちいち胸元見せつけながら処置すんのか、
何かあったとき走って駆けつけられるのか、
処置中他人の足を踏んで怪我させないか?それ、踏ん張れるのか?

「あの先生、何しに来たのかしら。化粧臭いしあの格好。ダヴィンチ使えとはいわないけど、レスピレーターの設定すら出来ないのよ。『わたしこんな古い機械は使えないわ』とか言っちゃって。大江医療機器から納品されたばかりの新製品だっつーの。『こんな単純な設定はコメディカルがやりなさいよ。いちいちわたしを呼ばないで』だって。こっちだって呼びたくて呼んでるんじゃないわ。お前がひとり暇そうにしてるから爪の手入れしてないで働けよって感じなんだけど」

なんだかわかる気がする。
一緒に働いてないけど感じるあの雰囲気。
使えないタイプの女医だ。

「館野先生がいたらこれ見よがしにわたしできる女ですーみたいに動くのよ、ああもうむかつく。ねえ、”先生”って本来学識のある人や指導的立場にある人を敬っていう言葉よね。敬えないんだけど。全く敬えない。どこをどうとっても敬える要素がないっ。先生取っ払って元山さんとかさん付けで呼んじゃダメなの?」

興奮してテーブルをバンバン叩く増本に遠くのソファーで休憩を取っていたナースが飛び上がった。
あの子は確か器材部の新人さんだ。

此方をこわごわと見る彼女に両手を合わせてごめんねと口パクで伝える。

「ちょっと、落ち着いて」

立ち上がり、壁際にある自販機で増本の好きなロイヤルゼリー入りの美容ドリンクを2本買い1本を増本に渡し、もう1本を器材部の新人さんに口止め及び迷惑料としてあげた。



彼女、あと2週間もいるのか・・・・・・。
見た目を裏切らない女王様にうちの病棟も巻き込まれないといいなと思った。

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