離婚直前、凄腕パイロットの熱烈求愛に甘く翻弄されてます~旦那様は政略妻への恋情を止められない~
 私たちの離婚は決定事項でくつがえることはない。そう悟った私はペンを取り、サインをした。彼と同じ『大門』を名乗るのは今日かぎり。ふいに涙があふれそうになって、私はうつむき顔を背けた。
 しばしの沈黙ののちに彼が言った。

「これまでありがとう」

 弾かれたように顔をあげて桔平さんを見ると、彼は優しくほほ笑んでいた。この家で彼の笑顔を見るのは初めてだ。私もなんとか……口角をあげる。

「こちらこそ。短い間でしたがお世話になりました」
「あぁ」

 私たちの離婚理由は浮気でも金銭トラブルでもない。性格や価値観の不一致も違う。
 最初から決まっていたのだ、目的を果たしたら離婚すると――。

 私は掃き出し窓の奥の中庭へ視線を向ける。整えられたグリーンが間接照明に照らされ、ラグジュアリー感たっぷりだ。ここは港区高輪にある低層の高級レジデンス。贅沢な間取りのメゾネットタイプで近隣住民の気配をほとんど感じることなく生活ができる。エントランスにはコンシェルジュが常駐し、住民専用のトレーニングジムやバーも備えている。戸建てとタワーマンションのいいとこ取りのような物件だ。

 彼がもともと住んでいたこの部屋に私がお邪魔する形で同居を始めて約一年。一緒に過ごした思い出は……悲しいほどに浮かんでこない。

(キスはおろか手をつないだことすらないもんね)
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