燃ゆる想いを 箏の調べに ~あやかし狐の恋の手ほどき~

 「……常に共に」

 その言葉はなぜかストンと古都里の心に落
ちた。幼い頃から他の人には見えない、不気
味な人影を見てきた古都里だからこそ、実は
身近にあやかしが存在するのだと言われても
信じられるのかも知れない。

 奇怪なこの状況を、意外にあっさりと受け
入れている古都里に満足そうに頷くと、ぽわ、
と右京の体が白い靄に包まれ人の姿に戻った。

 その瞬間、ひらひらと右京の周りを飛んで
いた譜面が、命を失くしたように右京の手に
舞い落ちる。

 「これを取りに戻って来たんですよね。ど
うぞ、逃げないうちに」

 そう言って差し出してくれるので、古都里
は不思議そうに譜面を見つめながら手を伸ば
した。ひっくり返して表と裏を交互に見てみ
るが糸や仕掛けは見あたらない。

 「……あのぅ」

 どうしてこれが蝶のように飛んだのか?訊
ねようとしたがその言葉は遮られてしまった。

 ゆったりと腕を組み、小首を傾げた右京が
不敵な笑みを浮かべて言う。

 「さて、どうしましょうかね?早々に僕の
正体がバレてしまったので、このまま何もな
かった顔をして古都里さんを帰すわけにはい
かなくなりました」

 「えっ、帰すわけにいかないって。もしか
してわたし……食べられちゃうんですか?」

 顔を歪め、自分の腕にかぶりついている右
京を想像して戦慄した古都里に、右京は肩を
揺らして笑う。

 「安心してください、取って食いはしない
ので。でも僕らがあやかしだということを他
の人間に言い散らされるのも困るんです」

 「誰にも言いません!わたし、口は堅い方
なんです。絶対喋りませんからっ」

 「そう言われてもね。僕にはあなたを信用
するに足る結び付きがあるわけじゃないので。
なのでどうでしょう?さっきは引き留めませ
んでしたが、僕の元で箏を弾きませんか?
ちょうど住み込みのお手伝いさんを探してい
た所なので、三食お稽古付きで狐月たちのサ
ポートをするというのは」

 「三食、お稽古付き……」

 それは、住み込みのアルバイトということ
だろうか。思いがけず魅力的な提案をされ、
古都里は、はたと考えてしまう。狐月たちの
サポートをするだけなら、仕事はそれほど大
変ではないだろう。それに、出来れば家を出
たいと思っていた古都里にとって、住み込み
という働き方は願ってもないことだった。

 実は高校卒業と同時に、古都里は全寮制の
短大に進学し、一度家を出ていた。その理由
は姉が居なくなって灯の消えたような家にい
るのが辛かったというのと、一緒にいればい
るほど、自分を信じてくれなかった母を恨ん
でしまいそうで。結局、家を出たもののさし
て興味のない経営学部の講義についていけず、
青春を謳歌する仲間にも馴染めず。夏休み明
けに、辞めてしまったのだった。
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