燃ゆる想いを 箏の調べに ~あやかし狐の恋の手ほどき~
 なのに、自分に自信が持てなくて逃げてし
まった。自分が傷つきたくないから、誰かの
せいにしてしまった。そのことに気付けば、
右京にすべてを見透かされていたことが、い
まさら恥ずかしくなる。

 「つまらないことを言って、すみませんで
した。先生の言葉、すごく身に染みました」

 そう言って口を引き結ぶと、ぽんぽん、と
古都里の背を叩く手があった。

 「古都里さんはそのままで十分魅力的なの
だから。あなたらしく笑って生きていれば、
きっと色んなものが見えてくると思うよ」

 その言葉にこくりと頷いて、古都里は右京
を向く。向けば慈しむような眼差しが待って
いて、古都里は頬が熱くなってしまった。

 「それにしても。人の世は目まぐるしく変
わってゆくね。立派なマンションがいくつも
建って、大きな商業施設も出来て。倉敷の街
がどんどん賑やかになってゆくよ」

 唐突に話題が変わったかと思うと、右京は
新しく出来た大型商業施設、『あちてらす倉
敷』の前で立ち止まる。古都里も隣に立つと、
空に向かって聳え立つ建物を見上げた。

 『あちてらす倉敷』は、倉敷駅からほど
近くに誕生した商業施設で、飲食店やホテル、
分譲マンション、市営駐車場が一体となって
いる。その他にも、人々が気軽に憩える多目
的スペースや医療モールが備わっているので、
幅広い年代の人々が集まるお出掛けスポット
として注目されていた。

 その北館と南館を結ぶオープンスペースに
二人は立っている。誰でも自由に寛げるこの
場所には、いくつものガーデンテーブルセッ
トが並んでいて、朱赤のパラソルが鮮やかな
色彩を街に添えていた。

 「ここを通り抜けて少し歩いたところに馴
染みの和楽器店があってね。うちからのんび
り歩いて二十分。散歩にはちょうどいい距離
でしょう?」

 そう言ってオープンスペースを歩き出した
右京に、古都里はついてゆく。

 近代的な建物に挟まれた空間を抜けて細い
路地に出ると、すみれ色の外壁がお洒落な花
屋や、雑貨店らしき白壁の建物が並んでいた。

 その前を通り過ぎてゆくと建物と建物の間
に挟まれた、さらに細い路地が現れる。ごつ
ごつとした石畳を足元に感じながら進んでゆ
くと、薄黄色の花が咲く大きな月桂樹の木の
向こうに、ひっそりと隠れ家のように佇む和
楽器店があった。

 「うわぁ、なんか素敵なお店ですね」

 古都里は趣のある古い日本家屋を見上げる
と、呟くように言う。入り口のガラス戸の上
にある一枚板の看板を見やれば、そこには
琴乃羽(ことのは)』と店の名が書かれている。


――琴の羽根。


 さりげなく和の風情を感じさせるその店の
名に知らず口元を綻ばせていると、右京は
「こんにちは」と声を掛けながらカラカラと
店のガラス戸を開けた。右京に続いて古都里
も桐の香りがする店内に足を踏み入れる。と、
すぐに細長い店の奥から黒い袴姿の男性が
現れた。
< 49 / 122 >

この作品をシェア

pagetop