燃ゆる想いを 箏の調べに ~あやかし狐の恋の手ほどき~
 すると、頬に触れていたはずの手が古都里
の肩をそっと抱き寄せる。古都里は引き寄せ
られるまま、胸に頬を預けた。

 狩衣のさらりとした感触が頬に触れている。
 どうして自分は彼の腕の中にいるのだろう。
 訳がわからないまま古都里は体を硬くする。

 「何を考えておるのじゃ、古都里」

 唐突に右京が名を呼ぶので、どきりとする。
 それでも何を考えているかなんて、口には
出来ない。口にすれば何かが変わってしまう。
そんな気がして古都里は薄く口を開くと、
喉の奥から擦れた声を絞り出した。

 「……なにも、考えてないですよ。ただ、
あんまり先生がやさしいから、また泣きたく
なって、困っているだけです」

 俯いたままで笑みを浮かべると、ぽんぽん、
と右京の手が子どもをあやすように肩を叩く。

 その温もりにゆるりと顔を上げれば、右京
の瞳に泣き止んだばかりの自分が映り込んで
いた。

 「泣きたければ、泣けばよい。泣き顔を姉
に見せるのが嫌じゃというなら、儂がこうし
て隠してやろう」

 そう言って、もう片方の手で古都里の目を
覆い隠してくれる。


――どうして、こんなにやさしいのだろう?


 その理由を訊いてみたい気がするけれど、
やはりそれも恐くて訊けなかった。古都里は
そっと右京の手を顔から剥がすと、笑んだま
まで言った。

 「先生のお気遣いはとても嬉しいですけど、
もう泣きたくありません。お姉ちゃんがいつ
も傍で見てるってわかったから、これからは
安心してもらえるように、ずっと笑ってます」

 言って大袈裟に、にぃ、と笑って見せると
右京はたちまち顔を顰める。貼り付けた作り
笑いが微妙だったのだろう。

 「その顔、いつか観たアニメキャラに似と
るぞ。確か『笑うセールススタッフ』じゃっ
たかの?」

 そんなことを言って首を傾げるので、古都
里は「ええっ、ひどぉい」と頬を膨らませた。


――その時。


 二人の笑い声が漏れ聴こえる障子の向こう
に、照明の灯りがぼんやりと人影を映してい
たが、ついに古都里が気付くことはなかった。

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