もうごめん、なんて言わないで


「てか、なに。そっちはあるべきところに戻ったって感じ?」


 慶タローは冷静な顔で私たちを交互に見た。

 今、一番デリケートな話題だと言うのに、勝手に来ておいてその態度はほとほと呆れる。昔から変わらない、天然無神経男とはこういう人をいう。

 そのとき、ハッと思い出した。


「そうだ、私になにか言うことあるでしょ」


 そもそもこの状況を作った全ての発端は慶タローにあった。まだちゃんと説明してもらっておらず、ムッと頬を膨らませる。


「幼馴染みの協定は絶対でしょ。破ったわね」
「破ったほうがいいこともあんだろ」


 近くでボソボソと言い合っていると、得意げな目で見てくる慶タローに悔しさを覚える。

 でも結果的に、こればかりは「ありがとう」と言わざるを得ないけれど、なんとなく言いたくはなかった。


「じゃあ、俺は帰るよ。お邪魔みたいだし」


 慶タローが鞄を手に立ち上がる。


「いや、俺も帰る。駅まで乗ってく?」


 そこで俊介まで立ち上がり、思わず「えっ」と小さく声がこぼれた。正直すぎる反応を見せてしまい、慌てて口元を押さえる。

 そんな私の額に俊介はそっとキスを落としてきた。


「そんな顔されたら帰れなくなる」
「いや、ごめん。そんなつもりは」
「もう消えたりしないから。今度ちゃんと話そう」


 髪を撫でられ、慶タローがいるのも忘れて寂しげに見上げる。

 彼は困ったような顔をして「また連絡する」と柔らかく微笑んだ。



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