冷徹官僚は高まる激愛を抑えきれない~独占欲で迫られ懐妊いたしました~
四章 side直利

【四章 side直利】

 新婚旅行なんてする予定はなかった。あまりに忙しいスケジュールにどう考えても詰め込めなくて──

 ところが、梅雨明けの蒸した暑さが煩わしくなってきた七月のある日、俺は事務次官に呼び出されてしまう。

「黒部総理が気にされていてな」
「……と言いますと」
「由卯奈さんは新婚旅行にも連れて行ってもらえていないのか、と」

 嘆息するのをなんとかこらえた。
 孫娘に大切にされる新婚生活を送らせたかったのなら、俺のような男と最初から見合いさせなければいい。
 芳賀の家との繋がりが欲しかったのなら、それこそ直義辺りと娶せればよかった。
 と考えて、胸の辺りのモヤつきに気がつく。

「……?」

 不快感に眉を寄せると、目の前の重厚なデスクに座った事務次官は「それでだ」と口を開いた。

「なにがなんでも、二週間後までに仕事の目処をつけろ」
「────は?」
「二週間後、君は由卯奈さんと新婚旅行に向かうんだ。場所ももう決めてあるそうだ」
「いや、……ふざけないでください」
「ふざけていないぞ? 真剣だ、オレは──というより、黒部総理か。披露宴だけで、結婚式もしてないんだろ?」
「はあ、まあ」

 永遠の愛なんか誓う予定もなかったから、式は不要だと判断したのだ。

「それでだ」

 と、事務次官は分厚い書類を叩く。

「これのさ、第十四条の見出しはもう議員レク終わってるんだろ」
「は、『有期拘禁刑の加減の限度』に改め、同条第一項中『無期の懲役若しくは禁錮』を『無期拘禁刑』にと……時代の変化ですから、ご理解いただいているとは」
「ならキモはなんとかなるから」

 ならない、と口の中で叫んだ。議員なんかに任せていられるか。あいつらど素人なんだから!
 事務次官もわかっているくせに唇を上げる。

「よろしくな、芳賀くん」




********



「わぁあっ、海綺麗!」

 やや寝不足の頭で運転しながら、助手席の窓から見える地中海にはしゃぐ由卯奈を横目で眺めた。

「すごく嬉しいです」

 俺を見上げて屈託なく微笑む由卯奈に、柄でもないことを考えてしまう。

 来てよかった。
 ……のかも、しれない。

 俺たちが今いるのは、地中海の海域のひとつ、アドリア海に面した中央ヨーロッパのとある国。
 目の前で紺碧に煌めくアドリア海は、さまざまな映画の舞台ともなったことで有名だ。
 家々の白い壁にオレンジの甍が、地中海の日差しを明るく反射している。

「泳げるんですよね?」
「先にホテルへ行くべきではあるが、な」

 そう言いながら俺は車を停車させた。

 
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