顔!顔!顔!/エロティックホラーSS選❸
その2



境ノブアキがそのシミをニンゲンの顔として、我が両の眼に”認識”させたのは、S有料道路料金所の下り一般レーンに初めて入ったその日からであった…。

”気のせいかもってのは、わかってる。だが、自然とニンゲンの顔に見えるんだ、そこの小さいのも、その隣の3っつくらい重なってるのも、あっち側の猫くらいの大きさのは、髪の毛が長い頬のこけたオンアの顔だって!気味悪いって!”

「境さん、境さん…、今日は私の後ろで料金収受のイロハを習得してもらう訳なんで!…そう、下に視線を落としてくれてたんでは意味がないでしょ。二つの眼は前方注視でお願いしますよ~」

60台半ば…、自衛隊あがりのその”研修教官”は、この仕事に飛び込む新人としてはかなり若年なノブアキに、半ば呆れモードな表情でなんともなため息をついていた…。

「はあ…、すいません。つい、目に入ったそこの地面の黒いシミ…、顔に見えたんで…」

「顔~~?何バカなことを…。そんなこと考えてる余裕ありませんよ!ここの料金所では、1か月の勤務で一人り立ちなんですから!それが無理なら、その先はありません!いいですな?」

「はあ、よくわかりましたんで。いつ車が来ても素通りさせない…。見逃しは通行料金の誤集より重罪!…ですもんね。はは…」

「その通り!でも、あとの”はは…”は余分ですな」

この典型的な自衛隊OBの先輩収受員は、まさにノブアキに取りつく島を与えなかった…、かに見えたが…!


***


高齢者のシニアワークをメインスタッフとしてシフトを組んでいる高速道路の料金所は、言わばオトコ版井戸端会議の風土が職場内に根付きやすく、このS料金所もご多分に漏れずであった。

”ほー、いきなり初日にねえ…。下りのブース前、あの染みが顔に見えるって、境さんがねえ…?”

”そうらしい。境さん、それとなく、何人かに下りレーンのこと聞いてるらしいから。かなり、気になってるようだね”

”ならさ…、KさんやEさんみたいに、早晩、耐えられなくなって半ばノイローゼで辞めちゃうんじゃないか?ましてや、境さん、夜勤がメインだし。…まあ、俺だって、できれば深夜の風の強い時かなんかに下りのシフトが入ると憂鬱になっちゃうしなー”

”うーん、やっぱ、気味悪いってことはあるけど…。だけど、あんな黒い染みとかよごれなんか、要は何にでも見えちゃうって。気にしたらキリがなしなあー(苦笑)”

ノブアキの知らないところで、こんな彼をめぐる井戸端論調は入社数日で浸透するのだった。

そんななか、やはりシニア世代の60代半ばを過ぎたベテラン収受員の加瀬だけは、ノブアキの”懸念”に、他の職員とは違った反応阻止目得いたのである。


***


それは入社から4日ほど週間経過した、夜勤時間帯…。
午前零時から下りレーンの立直に入った時、指導員役には加瀬が就いたのだ。

「では、境さん…、今日は最初から前に立ってください。私は特段、口を出さずに後ろで観てます。気が付いたところがあれば、その都度アドバイスしますので。あと、ウトウトしてるのが見て取れたら、このフリカーでゴツンしますんで、安心してください。もっとも、こっちが先にうつらうつらってことになるやもしれんが…。ハハハ…」

「いやあ、とにかくお願いします。まだ車種判別が全然なんで、こっちからもいろいろ聞いたちすると思いますんで」

「承知しました。まあ、この時間帯はほとんど一般には車も来ないからなあ~。ゼロもあり得る。深夜の立直はい合わば眠気との戦いがメインになるんで…。とは言え、最近の乗用車はほとんどエンジン音がしないんで、気を抜くと目の前に車が止まってたりとかね。でも、それはまだいい。ノンストップで突破する車に当たれば、これは100%見逃しになりますんで。その辺、リラックスしながら気を抜かないコツがやっぱ、必要なんだよね。それをね、境さんも徐々に身につけて欲しい」

「わかりました!」

加瀬はざっくり言って、”感じ”がよかった。
この加瀬とは今夜が初めて交わしたわけで…、境は見かけの仏頂ヅラとは相反して、やけに愛想がよかったので、早くも苦手?な下りブースも俄然気が楽になった。


***


この日の下りシフトは午前2時までの2時間であった。
週の半ばということもあってか、ETCレーンの通行量もいつもより心持少なめで、予想通り、1時近くになっても一般レーンには1台も車が来なかった。

「どうやらゼロ出しになるかな…、今夜の一発目は」

しばらくの間、自らが言ったとおり余分な口ははさまずず、約40分、加瀬は後ろから見ても緊張している様子で、無言を通していた。
境の方も口を開くことはなかったので、そんな気兼ねかからからか、そうそう車も来ない状況もあって、やや砕けた切り口で前方に立つ言葉を投げた。

「ゼロか…。なんか、売り上げもなしで、時給もらっていいのかってきもしてくるなあ…」

境はほぼ正直な想いを正面を見たまま、加瀬に返した。

「この仕事は文字通り、ノー事故、ノーミスが100点なんだよな。売り上げは所詮待ちの商売だから、私らは、特通行量の極端に少ない夜勤の時間帯は、程よくリラックスできて眠気をうまく紛らわす…。これが肝要です。でもねえ…、7年以上やってて、自分なんかも、それこそ言うが安し、行うが難しをいつも痛感する。何しろ、クルマか\が来なきゃ、こんな静かな夜だ、眠くなるか何か考えごとに自然とアタマがよそ見してしまう。これが、キケンなんあだよな~」

「なるほどですね…」

「だからね…、境さんも来月半ばには一人でブースに入るんだから、こんな車が全然な深夜は、なるべく余分なとこ見ない方がいい…」

ここで境は、加瀬のフリが”例のこと”だとピンときた。

「…あなた、初日からそこの道路に染みついた黒いもん、気になっとるようだが…」

案の定であった。
境も、初日にああいった類の人にモロ話したからには、同年代の仕事仲間なら、今頃全員の耳にこの度の新人は…、という切り口の延長で自分が下りレーンは不気味だと言ってたと…、ひと通り職場で周知に至ってるだろうという予測は安易にできたわけで…。

”よし!ここで子の人にも聞いてやれ”

「まあ、私の気のせいなんでしょうけど…。やっぱし一人でブース立ちするようになっても、思わずそれに目が行ってしまうとは思います。あの…、自分みたいにそのシミ、顔に見える思ってる人、いないんですかね、本当にここでは…?」

ここで…、ちょうど料金収受機の画面は午前2時ジャストを刻んだ。
この夜はほぼ風は吹いていなかったが、この時、心持ち。レーンを挟んだ北側山林の法地斜面から、ざわめきが境の肌感が捉えていた…。





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