遠き記憶を染める色

決意の二人

決意の二人



「あの人のことは忘れられない。もしかすると一生…」


「!!!」


この言葉は流子が一番恐れていた返答だった。
正に最悪のリターンが返ってきてしまった。
コトバとしては…。


***


流子は耳を塞ぎたい気持ちだった。
彼は年上の有名女優・長島弓子とは別れたときっぱり認めた上で、”一生忘れられない女性”だと明言したのだ。


すなわち、まだ未練があると…、愛してる気持ちが残っていると…。
しかもそれを消し去ることができないんだと…。
流子には、必然的にそういう解釈となった。


しかし…。


「…あの人はわずかな間でも、オレの海だったんだ。海として愛したその愛がオレに返ってきてた…。それは自分が海に抱かれていたということになるんだよ」


「…」


「弓子さんと愛し合うことは、海に還ることと等しかった。それを失えば、”あの時”浦潮に”割礼”を受けたオレには、マトモにヒトを愛せない。…だから、オレには海として愛せる人が必要なんだ。そうでないとこの世では生きて行けない…」


もはや流子には、この抽象的なサダトの説明で”すべて”が理解できていた…。
つまり、さっきの言葉で受けた失意を根底からひっくり返す、一筋の明かりが灯ったとも言えた。
そういうことでもあったのだ。


***


彼女はそれを悟ると、左横のサダトに顔を向け、感情モロだしの叫びに近い声で心そのままの願いをぶつけた。


「お兄ちゃん、それなら私じゃダメなの⁉私があなたの海になって、あなたと愛し合うわ!私じゃ無理…?」


だが、最後のフレーズは一転、空気が抜けたような弱々しい響きとなった。
それは彼女自身、その”対象”として、長島弓子に取って代われるという確たる自信がなかったから…。


ここでも流子は、自分の気持ちに素直であり続けた。


”サダト兄ちゃんは、私を今現在も愛してくれると思う。でも、4年前にここで彼は言った。あの時の私には、守ってやりたい愛の気持ちだと…。それは、私には海になれないってことだよ。あれから4年たって、私はカラダだって成長したけど…。お兄ちゃんにとって、あの女優とは比べものにならないでしょうね。所詮、こんなコドモ…”


彼女は再び膝を抱えて俯いてしまった…。


***


サダトはそんな流子をじっと見つめている。
やや目を細めて…。
それは優しくもあったが、とても切ない眼差しだった…。


「オレ…、それを試しに来たんだ。キミはオレが”こうなった”現場にいてくれたし、そのことを理解、いや、共有してくれてると思う。それならって…」


「私があなたの海になれるのなら、私…」


「いいのか、流子ちゃん…?」


「うん…。愛してるよ、私、あなたを…」


正直、彼女には”その自信”がなかったが、彼の気持ちはバンザイしたいほど嬉しかった。


***


気が付くと流子はサダトの膝の上に頭を埋もれさせていた。
両腕は彼の腰に回し、締めるように引き付けるように…。
それは…、彼に抱きつくというより、しがみついている感じだった。


サダトは目線を下ろし、両の手を優しく彼女の体に添えている。


「できればキミとは、3年前の気持ちのまま愛し合いたかった…。そういう気持ちはあるよ…」


「私はあなたと愛し合えればどんなカタチでもいい。あなたが心の底から消せなくて苦しんでる、あの女性を私が追っ払う…。その為なら…」


この時、流子にはある種の悲壮な決意が降り立った。
そして心のどこかには、”その愛し方”に至れる相手にならなければ、彼を自分のモノにできないという気負いも宿っていたのかもしれない…。





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