遠き記憶を染める色

㊴終章ーある啓示ー

終章


「流子…、今年は去年の上、狙えるでしょ?」


「そうね、先生やOBもえらく期待してるよね。県大会の決勝とかも夢じゃないだろうって…」


「うん!…それに、サダトさんの件で時の人になったから、世間からの熱いエールも受けてるし、彼女、やってくれるんじゃない?」


「何しろサダトさんのことがあった後、流子の泳ぎ、明らかに変わったよ。水をかく足の開きと腰の入り込みがダイナミックになったし」


「言えてる。流子自身も水と一体になってる実感がするって言ってたし。レースでプールに飛び込むと、まるで水に抱かれて気持ちがグーンと上り詰めちゃうらしい」


「すごいわ!流子、もしかしたら千葉代表で全国の切符を手に入れちゃうかもよ」


水泳部の同僚、A子とB美は流子の平100M県大会出場に熱き期待を寄せていた。
そしてその翌月…、流子は見事、県大会同種目の決勝に進むことになるのだが…。


***


それは県予選最終レースの時だった…。
首位で泳ぎ終え、顧問の先生がプールサイドでガッツポーズ、観客席では水泳部の仲間やOB・OGが飛び上がって歓喜に蒸せっていた。


ところが、当の流子はなかなかプールから上がらない…。


「…あれ?流子、まだプールの中だわ。なんか腰曲げてるかな…。気分でも悪いんじゃない?」


レースが終わり、ほかの選手はすべてプールサイドに上がっていたのだが、流子だけがまだ水の中から出ようとはしない。
心配した顧問の先生と大会の係員がプール脇まで駆けて行くと…。


「潮田、大丈夫か‼具合でも悪いんじゃないのか?」


「いえ…。なんでもありません。先生…、もうちょっと、水の中で息を整えさせてください」


「ああ…」


その時の彼女は左手をプールサイドに置き、もう一方の”右手”は水の中だった…。


「ああ、わかった…」


先生と係員は目配せして、まずは安心した。


十数秒をおいて…。
この時、水の中で彼女は両の内腿を閉じ、ややしゃがみ込んでいた。


そのあと流子はプールから上がったが、しばらくはまだ肩で大きく息をついている。


”ハア、ハア、ハア…”


その姿は流子が決勝を賭けて、全力で泳ぎ切った勇姿に見えたであろう。
誰もが…。


潮田流子…。
レースを終えた後、水の中でインターバルぎりぎりまで息を整える(?)名選手として、その後水泳界に名を残こすることとなる…。



ー完ー





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