遠き記憶を染める色
⑤あの事件
あの事件



そんな潮田流子にとって、そもそも甲田サダトとの現在の思いに辿る決定的な出来事…。
その事件ともいえるある事故サダトの身に起こったのは、流子が8歳を迎えた夏の日…、ある早朝のことだった…。

***

この年も夏休みの間、埼玉から一人で大岬の潮田家本家へ泊りがけで遊びに来ていた当時14歳のサダトは連日、海や山でわんぱく盛りを全うしていた。
そして彼は、分家の一人娘、流子と毎日一緒だった。


本家にはまだ生後間もない男の子が一人ということで、サダトは7つ下の流子を連れ、近所の子供たちとも合流し、それこそ朝から晩まで外で遊びまわっていた。
そして、滞在3日目の明け方…。
サダトは義理の叔父、潮田磯彦の操縦する漁船に、流子と共に同乗することになったのだが…。


***


まだうす暗い明け方、漁船が出立して10分ほどで沖に定着すると、流子と仲良く並んで釣り糸を垂らし、釣り堀しか経験のないサダトは面白いように針に喰いつくマメアジやサバを釣り上げては大喜びではしゃいでいたのだが…。


程なくすると、サダトは船酔いを訴えだしたのだ。
最初は元気であったが、どうやら目の前がぐるんぐるん回ってきたらしく、船の上で立ちあがるとフラフラしていた。


「おお、サダト…、大丈夫け?」


磯彦と漁師仲間二人はサダトを横に寝かせ、最低限の仕事を済ませた後、早めに引き返すことにした。


「ああなったら、陸に上がってもしばらくふらついてなー、まっすぐに歩けんよう。今日は引き上げてやった方がいい。流子ちゃんは酔わないんだったかな?」


「ああ、この子は一度も船酔いなどしたことない。平気みたいだな」


「ハハハ、なんか心配そうにサダ坊に寄り添ってるわ。ほんと、兄妹みたいだなー」


「ああ、この二人はずっと仲いいんで、いっぺんもケンカしたことなどないさあー。はは…、サダ坊がこっちくると、帰るまでこうしてずっと一緒さ。昨夜も流子が本家来て、サダトの布団に潜りこんでよう、そのまま寝ちまったよ。今朝は早いから、私が起こしてあげるってね(笑)」


「こりゃ、いとこっちゅうても血が繋がってないんだから、もしかすると結婚するんじゃないか、二人はよう。サダ坊は大岬が気に入ってるしなあ…」


「そりゃあり得るぞ、アハハハ…」


サダトは船酔いでダウンし青色吐息の最中だったが、大人たちはそんな話題で盛り上がっていた。
そして、漁を終えた漁船は陸へと向かったのだが…。

***

しばらくすると、船酔い真っ盛りで顔面蒼白のサダトに、今度は尿意が襲ってきた。


「ションベンか…。おお、あの子フラついてるんだから、海に落ちんよう、誰か支えてやった方がいい…」


「よし、じゃあオレが…」


と、漁師仲間が船の上から用を足そうと立ちあがったサダトに向かって、数歩進んだその時…。


”バシャーン…‼”


「サダトお兄ちゃん!大変だよ、お兄ちゃ…、海に落っこちゃったよー‼」


流子は大人たちに叫んだ。


***


「サダ坊ー‼」

船から海に転落したサダトは必死で泳ごうとするが、ちょうどそこはこの時間帯、潮がうねる通称、浦潮が流れこんでいた…。
潮の渦に寄せられ、サダトは頭まで海に浸かって、アッという間に船から遠ざかっていく。


「まずい‼浦潮にひっぱられてる…。源ちゃん、船を転回させてくれ!オレがサダ坊を引きあがてくる!」


「ああ、わかった。頼むぞ!」


「流子は、ここ動いちゃいかんぞ!今、サダ坊を引っ張ってくるからな」


「おじちゃん、お願い!」


”バシャーン…!”


磯彦は即座に海へ飛びこみ、サダトが引き寄せられた潮のうねりの中へ泳いで行った…。
心配そうに海の中を目で追っていた流子は、船の端で身を乗り出し、両のこぶしを握っていた…。




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