記憶を、なぞる。【完】
「こっちはずっと気になってたんだわ」と不満げな表情を隠すことなく詩乃は足を止める。
だから、そんな彼に合わせてわたしも足をストップさせた。
なんだかこの会話の空気が懐かしくて、あの時に戻ったみたいな感覚になって少しだけ泣きそうになった。目がうるうるする気がする。
もうあれから何年も経ったし、今なら言ってもいいのかな。あのときの気持ちなんだから伝えたってどうってことないよね。
そう決意すると、すぐそばにある詩乃の顔をそっと見上げる。
既にわたしを見下ろしていた詩乃の表情はちょっとだけ固くて、わたしが口を開いたら、そこに緊張も貼り付けたような気がした。
「わたしね、あのとき本当は弥紘くんのこと好きじゃなかったんだよ」
「は——…」
「本当はね、ずっと詩乃のことが好きだったの」
「…、」
眉を顰めて、はあ?と言いかけた詩乃の言葉を遮って、あのとき言えなかった気持ちを口にした。
そうすれば、見事に面食らってポカンとしているからちょっと面白い。今日再会したときの顔の何倍もひどいあほ面だ。
笑ってしまいそうになったけれど、頑張って堪えた。
「…」
「…」
「…ブフッ」
「…お前笑ってる場合じゃねえんだわ」
「ごめんごめん…っ」
…いや、堪えられなかった。
耐えきれなくなって静かな空間に汚い音を零したわたしを詩乃がなんとも言えない表情で咎めてくる。