月下の聖女〜婚約破棄された元聖女、冒険者になって悠々自適に過ごす予定が、追いかけてきた同級生に何故か溺愛されています。

休息

 獣魔契約を結んでから、ずっと眠っていたアウルムが、ティナの腕の中でもぞもぞと動き出した。

「くぅん……」

 金色のくりくりとした目でティナ達を見るアウルムは、一見いつもどおりに見える。

「おはようアウルム。おかしいところは……無い、のかな?」

 ティナはアウルムと従魔契約を結べば何か変化があると思っていたが、どこをどう見ても変わったところはない。強いて言えば、毛色が少し薄くなったぐらいだろうか。

「ああ、アウルムの額に少しだけ魔力を流してみて。契約紋が現れるはずだよ」

「本当? やってみる!」

 トールに言われた通り、ティナがアウルムの額に人差し指を当て、微量の魔力を流してみると、赤い色の魔力で描かれた複雑な幾何学模様がアウルムの額に現れた。

「わぁ! すごい!」

「うん、ちゃんと成功したね。入国審査場でも同じようにすれば、問題なくアウルムと入国できるよ」

「トール有難う……! トールが一緒にいてくれて本当に良かった!」

 最悪、アウルムと別れなければいけないところを、トールのおかげで事なきを得ることが出来たのだ。
 しかもアレクシスから自分を守ってくれたトールに、ティナは全幅の信頼を寄せるようになっていた。

「ティナが喜んでくれたら俺も嬉しい。もっと喜ばせたいって思うよ」

 トールがさらりとそんなことを言う。

「え、あ、ありがとう……」

 ティナは下心が全く感じられない、ごく自然なトールの態度に、打算的なものがあればまだ冗談で流せるのに、と思う。

(狙って言ってるなら、からかうなって怒れるのに……!)

 もしこれが本当に演技なら、トールはこの世に名を残せるほどの役者になれるだろう。
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