月下の聖女〜婚約破棄された元聖女、冒険者になって悠々自適に過ごす予定が、追いかけてきた同級生に何故か溺愛されています。

過去6

「……わかりました。ティナの記憶を消します」

 決心したトールがフェダールに告げる。

「トール様……」

 トールの決意した顔を見たフェダールは、その瞳の強さに息をのむ。
 そして少し離れている間に、幼かった王子は心身共に随分と成長したのだと感心する。

「では、私が魔法を──「いや、僕に掛けさせて下さい」──っ、なんと……!」

 対象となる者の記憶を操作する忘却の魔法は、魔力の調整が難しく、下手をすると対象者を廃人にしてしまう場合がある危険な魔法だ。
 それなのにトールは敢えて、忘却の魔法を自ら施すと言う。

 それは、ティナとの思い出が大事だからこそ、他人の手ではなく自分の手で消去したいという、トールの強い希望であった。

「畏まりました。どうかくれぐれもお気を付け下さい」

「はい」

 本来であれば、年端もいかない子供が行使していい魔法ではない。
 しかしフェダールはトールの才能を一番理解しているのは自分だと自負していた。

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