巫女見習いの私、悪魔に溺愛されたら何故か聖女になってしまいました。

ソリヤの聖女02

番外編 ソリヤの聖女02

 太陽が西に傾き、青い空に金色の光が混ざり始めた頃。
 ほのかに漂う夕方の気配の中を、少女と少年たちが歩いていく。

「そろそろ手、離せよ。逃げねぇから」

「ホント? 嘘ついたらおやつ抜きだからね!」

 クルトを引っ張っていたサラが、その手を離す。
 離せと言ったのはクルト自身なのに、何となく手が離されて寂しそうだ。

「……ほら、貸せよ荷物」

「え? でもこれ軽いし……」

「俺だけ手ぶらなんてカッコわりぃだろ。いいから貸せよ。俺が師匠に怒られんだよ」

 クルトが言う師匠とは言わずもがな、司祭のことだ。彼は孤児院の子どもたちに様々な教育を施しており、女子供に対する気遣いも教育の一環としているのだ。

「ふふっ、有難うね。じゃあお願い」

 口がすこぶる悪いクルトであるが、性根はとても素直で、何だかんだと言いながらも、いつもこうしてサラを助けてくれるのだ。

「じゃあサラ、今度は僕と手を繋ごう!」

「じゃあ、僕はこっち!」

 手ぶらになったサラの手を、双子たちが嬉しそうに握る。彼らはサラにとても懐いていて、すぐ引っ付きたがるのだ。

「サラは誰にでも笑いかけちゃ駄目だよ」

「そうそう、あんな奴らに優しくしちゃってさ」

 双子たちが頬を膨らませて抗議する。あんな雑魚どもにサラの笑顔は勿体ないと思っているらしい。

「えー。別に優しくなんてしてないけど……。でも優しいのは双子たちだよね。あの子たちを素手で相手してくれたんでしょ? 魔法を使わずにさ」

 サラの言葉に双子たちはドキッとする。
 実際、魔法を使えば少年たちの攻撃を躱すまでもなく、一瞬で全員をやっつけることが出来たのだ。

「クルトも手加減してくれてたよね。何だかんだとあの子たち元気だったし。それにクルトがマジギレしたらあの一帯氷漬けになっていただろうし」

 サラの言う通り、クルトが本気を出せば少年たちは全身骨折していてもおかしくなかった。
 しかし彼の師匠に格下相手に本気を出すなと言われていたので、あれでも彼なりに手加減していたのだ。

 3人はサラが自分たちをちゃんと見てくれていたことに嬉しくなる。そんなサラだから、声を掛けてきたのもタイミングを見計らってのことだったのだろう。

 恐らくサラは3人がやりすぎないように、そして喧嘩をとめるために司祭を口実に使ったのだ。
 結果、少年たちも同時に救うことになるのだが、サラにそんな駆け引きは出来ない。ただ、最善の方法をとっているだけなのだ。

「……サラには敵わないなぁ」

「ホント、サラは最強だよね」

「うーん? 私は全然強くないよ。お爺ちゃん私には戦い方教えてくれないし。私もキラキラトリオみたいに強くなりたいなぁ」

「おい、何だよその”キラキラトリオ”って」

 サラのぼやきを拾ったクルトがツッコミを入れる。聞き慣れない単語に嫌な予感がしたのだ。

「えー? だって3人共キラキラしてるじゃん。髪の毛も金髪に銀髪だし、顔だって綺麗だし。聞いたときは上手いこと言うなぁって思ったよ」

 どうやら最近、ソリヤの街に住む少女たちの間で、孤児院3人組のことをそう呼んでいるらしい。

「あ、3人にお手紙いっぱい預かってるよ。ちゃんと読んでお返事してね!」

「えー。めんどくさーい」

「受け取り拒否しまーす」

「一生懸命書いてるんだから駄目! ちゃんと読んだら皆んな喜んでくれるよ」

「知らねー女を喜ばす趣味はねぇし、俺は読まねーからな! もう受けとんじゃねぇぞ!」

「そうだそうだ! クルトの言う通り!」

「僕たちも読まないもんね!」

 普段から孤児院3人組はめちゃくちゃモテた。街中の少女が彼らに何かしらの好意を持っていると言っても過言ではないほどに。
 だから行政官の息子だという先程の少年も、3人を自分の派閥に入れて格を上げたかったのだ。

 しかし、3人組は色恋沙汰に興味がないので、少女たちの告白をことごとく断っていた。ちょっとでも期待する隙を与えないように、幼い恋心を完膚無きまでに叩き潰して来たのだ。

 ……それもまた彼らを悪鬼と称する原因になっているのだが。

 そこまでしても、少女たちからの好意がとどまるところを知らないのは、流石というべきか諦めろというべきか。

 好きでも何でもない少女からの好意は、彼らにとってただ迷惑なだけであった。

「えー……。困ったなぁ……」

 しかし今回に関して、3人は取り分け腹を立てていた。それは少女たちがサラを利用したことだ。
 優しい彼女なら、確実に3人組に手紙を渡すだろうと踏んだのだろう。

「お前もホイホイと言うこと聞くんじゃねぇよ。ガキどもの面倒で忙しいんだろうが」

「サラ経由で渡せば僕たちが受け取ると思ったんだろうね」

「まあ、受け取ったとしても、そんな子はブラックリスト入りだよね」

 今回サラを利用した少女たちは全員、彼らのブラックリスト入りに決定した。
 彼らは顔には出さないが、大切にしている存在であるサラを蔑ろにされ、内心先程の少年たちを相手にしていた時よりもキレていた。

「あ、でもでも! 彼女たちからはちゃんと報酬を貰うことになってるから、タダ働きじゃないよ!」

 しっかり者のサラは、手紙の配送代として少女たちから服のお下がりや、使わない絵本やおもちゃを譲って貰う約束をしているという。

「兄弟がいる子には兄弟分も頼んでるの! チビたちも喜ぶよね!」

 サラが誇らしげに笑う。

 何時でもサラの優先順位は孤児院の子どもたちが一番で、自分のことは二の次なのだ。
 報酬なら自分が欲しい物を貰えばいいのに、サラは欲しい物がないという。

「……それぐらい師匠に言えばいいじゃねぇか。うちはそんなに貧乏じゃねぇだろ?」

「まあ、そうなんだけどさ。お爺ちゃんにはなるべく苦労をかけたくないんだよね。それにいらない物を貰うんだから、お互い助かると思うし!」

 サラは誰よりも孤児院を愛している。恐らく一生、孤児院で暮らすことになっても構わないほどに。

「ホント、サラはしっかり者だねぇ。将来は良いお母さんになるよ」

「そう言えばサラは将来何になりたいの? 参考に教えてよ」

 双子たちは双子たちでサラを心配していた。……このままでは自分を犠牲にしてまで孤児院に尽くしそうで。

「うーん? そうだなぁ……。一番なりたいのは貴族だけど……それが無理なら、お金持ちになりたいな!」

 サラは直球でお金持ちになりたいという。
 少女の夢にしては随分俗物的であるが、きっと彼女の望みは自分が贅沢したくて言っている訳じゃないことに、3人共気付いている。

「貴族になりたいって……まさか!」

「もしかしてテオと結婚する気じゃないよね?!」

 テオとは領主の息子であるテオバルトのことで、孤児院3人組とも歳が近い少年だ。一応貴族の末席に名を連ねていると聞いたことがある。

「えっ?! テオ?! ないない!! いくら貴族でもテオはないわー!!」

 サラが慌てて否定する。心の底から嫌そうだ。
 しかしサラがテオを嫌っていても、テオの方はサラに好意を持っているようで、頻繁に孤児院に顔を出していた。……テオが来る度に3人が追い返しているが。
 それにあのドラ息子はかなりサラに執着している。今は大丈夫でもこれから先、何が起こるかわからないのだ。

「じゃあ僕たちがサラを貴族にしてあげるよ!」

「そうだよ! 僕たちが貴族になってサラを迎えに行くよ!!」

「えっ! 本当?! 確かに、二人なら貴族になれるかも!」

 双子とサラがキャッキャとはしゃぐ横で、クルトは複雑な表情を浮かべていた。

 貴族制度がないフォルシアン共和国出身のクルトだが、十二の家門の一つ、ベルクヴァイン家の跡取りである彼は、既に貴族のようなものだった。
 そんな自分なら、サラの夢を簡単に叶えてあげることが出来るだろう。でもそれは自分の力ではない、親の力だ。

 クルトは双子たちのように、自分の力でサラを幸せにしたいと思う。そのために精一杯お金を貯め、サラに全てを捧げよう、と密かに決意する。

 こうして、孤児院3人組は将来の目標を立てたのだ。──全てはサラのために。
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