ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい

「吐き気が……」

 そう言うと麻里は手提げからビニール袋を取り出し粧子に渡してくれた。背中をさすってもらい、気分が落ち着くまで少し待ってもらった。

「大丈夫ですか?良かったらうちで休んでいきませんか?」
「ありがとう、麻里さん。もう吐き気もおさまったので大丈夫です」
「でも……!!顔も真っ青だし、うちなら全然大丈夫なんで寄って行ってください!!」
「あっ……!!」

 押し問答を続けているうちに粧子が肩から下げていたトートバッグがずり下がり、バッグの中身が地面に散らばってしまった。

「これって……」

 麻里は地面に落ちた産婦人科の受診券と妊娠について記された小冊子を地面から拾い上げた。粧子は失礼を承知で麻里の手からそれらを掠め取った。

「見なかったことに……してください」

 今はまだ誰かに知られるわけにはいかないのだ。粧子は会釈をすると家の方角に向かって歩き出した。
 救いの手を頑なに拒む粧子を見て、麻里は声を荒らげた。

「そんなフラフラの状態で放っておけるわけないでしょう!?お腹の子供に何かあったらどうするんですか!!」
「麻里さん……?」
「いいから!!」

 麻里の剣幕に押される形で粧子は強制的に沢渡家に連行された。居間に案内されると座布団を枕がわりに畳に横にさせられる。

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