ひねくれ御曹司は気高き蝶を慈しみたい


 新婚旅行から帰った粧子は大叔母の入所している老人ホームを訪ねた。大叔母は集合住宅型老人ホームの個室の1DKに住んでおり、食事と風呂以外は比較的自由に過ごすことが許されている。

「大叔母さん、これ新婚旅行のお土産よ。お芋のタルト。大叔母さん、お芋さんが好きだもんね」
「旅行は楽しかったかい?」

 うんと頷きかけて、粧子はふと躊躇った。

「ねえ、大叔母さん……。私……いいのかしら?楽しいとか嬉しいって感じて……。時々罪悪感で押しつぶされそうになるの……」 

 自分が何を口に出してしまったか気がつき、慌てて口をつぐむ。

「ご、ごめんね、大叔母さん。今のは忘れて。そうだ!!私、お茶を淹れるね」

 粧子はお茶を淹れるべく備え付けのミニキッチンのコンロにヤカンを置いた。

 粧子の唐突な告白に大叔母は大海のような器の広さをみせ、こう言った。

「粧子、誰よりも幸せにおなりよ」

 夏の暑さが和らぎ、そよかぜに冷たいものが混じり出した秋の始まりのこと。大叔母の家の取り壊しとケヤキの木の移植の日が決まった。
 
「このケヤキの木はどこに行くの?」
「建て替え工事中の小学校に植え替えられる予定だ。シンボルツリーになる」

 灯至と粧子は揃ってケヤキの木を見上げていた。
 八人の作業員が根を傷つけないよう手掘りで土を掘り返していく。
 灯至はケヤキの木を伐採しないで欲しいという大叔母の意思を尊重してくれた。移植先は任せていたが、子供たちの成長を見守れる場所に植えられるなら大叔母も本望だろう。

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