猫と髭と夏の雨と

場都の悪い光景を横目に、喫煙所へと足を進める。
ねぇ、と呼ばれた声にも動じず、向かい始めた合間で、再び声が飛んで来た。

「そこの髭」

軽く吐き出された発言を、どうにか受け入れ、眉間に皺を寄せながら立ち止まる。

「そう、寝癖の髭」

漸く振り向いて見ると、正しく此方を女性が飴で指して居た。

「何だよ」

確定された態度を前に居直り、半ば投げ遣りで応えたまま、後の容易い展開を浮かべる。
風景ばかりを撮るような奴に興味など無い、何故居るのか、と女性は必ず問いただす。
それは、名前の把握すらも危うく、平然とした様子に表れていた。

「ねぇ、木崎。この髭に私の写真集作って貰う」

「お前、何言ってんの?」

急変した事態を何食わぬ顔で応えたが、既に収集が付かない状況に阻まれ、女性の隣で寄り添う男性から鋭い眼光が刺される。

不穏な気配の中、唐突に女性が大きく口を開け、此方を促すように見つめる。
その動作に僅かな隙間を開くと、手にした舐めかけの飴を押し込まれた。

再び皺を寄せた顔を、女性は眺めながら、柔らかく微笑み、困ったような素振りで呟く。

「苛々しすぎ」

年下の人に窘められて釈然とせず、萎み出した気持ちの一方で、脳裏を必死に廻らせていた。
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