この契約結婚、もうお断りしません~半年限定の結婚生活、嫌われ新妻は呪われ侯爵に溺愛される~

 こんな場所で聞こえるはずがない声。
 膝をついたまま、その声の主を捜そうとした私は、バサリという音とともに濡れた感触に包まれる。
 強く抱きしめてくる腕は、間違いなく声の持ち主にちがいない。

 そのまま浮遊感を感じて、炎から守られるように抱き上げられる。

「少し、我慢して」
「……ディル様」

 返答はなく、私を抱えたまま走り出した気配。
 私の周囲には、冷たい氷のベールが作られて、熱さなんて感じない。
 しばらく後、私たちは無事に図書室のあった建物から外に出ていた。

 神殿の芝生に二人で倒れ込む。
 絡みつくような冷たいマントから這い出して、助け出してくれた人の姿を捜す。

「ディル様」
「ゴホ……」

 返事をしようとしたのに、声が出なかったのだろう。
 黒い煤にまみれた痰を吐き出したディル様を見つめて、背筋が冷たく凍り付く。
 光魔法の力を持つ人間に課せられている救助作業で、見たことがある。

「ディル様!」

 おそらく高温の煙を吸い込んでしまったのだろう。
 ディル様は、声を出すことも出来ず膝をつく。
 それなのに、こちらを見て微笑んだコバルトブルーの瞳と唇。

「だ、ダメです……」

 どうして、氷魔法が得意なのだから、自分のことを守ればよかったのに。
 助けてもらった私は無傷なのに、どうしてディル様は……!
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