先生の隣にいたかった


「ここが七瀬さんの病室ね」



主治医がそう言って、
案内された病室は、一人部屋だった。




「…少し長くなるかもしれないけど、
頑張ろうね」




「…はい」


大丈夫。

きっと、ちょっと長引いた風邪だよね。


早く治さないと。



私は前向きな気持ちで、
不安を誤魔化していた。



「七瀬さん、私はもう帰るけど、
何か必要なものがあれば、また連絡してね」



「はい、ありがとうございます」


「じゃあ、また来るわね」


ありがとうございます。
そして、迷惑かけてすみません。
そんな意味を込めて、深くお辞儀をした。




この病室から見える景色は、
とても綺麗な中庭だった。

上からみんなを見渡せるようになっていた。



「…綺麗」



そう呟いて思い出す。


入学式にも、同じようなことがあった。


朝早く来て、初めて見た学校の中庭。


とても綺麗だった。



そして、屋上には先生が立っていた。



でも、ここには先生なんているわけがない。
そんなこと、分かっていた。




それでも、私はなぜか屋上に足を運んでいた。



もちろん
立ち入り禁止だったから、誰もいない。


私を包み込むよな暖かい風が心地良かった。


「ガチャン!」


「!?」



「いお!」




突然、大きな音を立てて扉が開き、
私の名前が耳に入ってくる。




「…先生…?」





そこには息が切れて、
呼吸が荒い先生の姿があった。




「待って、お願い」




先生は息を切らしながら、
必死に何か伝えようとしている。



「いおは、もっと人に頼ればいい。



…もう、一人で抱え込むのはやめろ」




こんなにも必死で、怒っている先生を
この日、初めて見た。



「…頼むから


…いなくなろうとしないでほしい」



「…先生、何の話ですか?」


いなくなる?

私が?

意味がわからなかった。
でも自分が今いる場所を見て、
分かった気がした。



「…もしかして私が、
命を絶とうとしていると思いました?」



「…違うの?」



やっぱり。
でも、無理はないと思う。


先生と電話している時に泣いて、先生の話を聞かずに電話切って、電源まで切ったから。


それに今、屋上にいる。



「…違いますよ」



私がそう言うと、先生は安心したのか、
その場にしゃがみ込んだ。



「…ここからの景色、とても綺麗ですよ」



すると先生は、私の隣まで歩いてきた。



病室からの景色とは違って、
街を見渡せる場所だった。


きっと、ここから見る夕日や朝日は、
とても綺麗なんだろうな。





「…どうして入院するの?」




声で分かる。




すごく、心配してくれている。



「…検査入院です。

でも…大丈夫ですよ。


きっと、原因は見つかります」




今も続いている熱の原因が、もしかしたら、検査しても分からないかもしれない。


でも、主治医は、
きっとストレスだって言っていた。
だから、これは私自身の問題だから、
きっと治る。



早く治して、また先生と屋上で話したい。



病院じゃなくて、私たちの学校の屋上で。






「だから…もっと先生を頼っていいですか?」



私は、笑顔で先生に伝える。


この時の笑顔は、作り笑顔なんかじゃない。


自然と笑顔になれた。



先生に会えるだけで、
こんなにも元気が出るなんて
思っていなかった。



「頼って。

…俺を困らせるぐらい頼って」



そう言う先生の表情も、笑顔だった。


でも、どこか悲しそうにも見えた。



「…先生も私でよければ話、聞きますよ?」


「え?」


無意識に辛そうな、
悲しそうな表情をする先生。


きっと、先生はそれに気づいていない。


私が、自分でも分からないうちに、ストレスを溜めていると言われたように、誰かに言われないと気づかない。


そんなところが、少し私と似ている気がした。


でも、先生は
私に頼ってもいいと言ってくれた。


その言葉に、救われた気がしたから、
今度は私が先生を救いたい。



なにも出来ないかもしれないけど、
そばで話を聞くことだけなら、


私でも出来るから。



だから、私は先生が安心してなんでも話せる、そんな居場所になりたいと思った。



「つまらない話でもいいんで、
聞かせてください。
私、もっと先生と話したいです」



先生を救いたい。


そう思っていたけど、心のどこかで、それを理由にして、先生と一緒にいたかっただけだったのかもしれない。


でも、この時の私は、
そんなこと考えていなかった。



ただ、先生を救いたいと思い込んでいた。




「…じゃあ、毎日来るよ」



「毎日!?そ、それは…」


「ダメ?」




ダメとは言えない。




私だって、毎日先生に会いたい。
でも、体調が悪い時に来られると、
少し困るから。



「…分かりました。
いいですけど、ここに集合でいいですか?」



「…どうして?」



体調が悪い日は会いたくない。



でもこれを言ってしまうと、ここにこない日は、体調が悪いって知らせてるみたいで、心配をかけたくなかった。



「…女子には色々あるんです」



そう言うと、先生は渋々、了承してくれた。



「じゃあ、学校が終わったら屋上に来る。
それでいい?」



「はい」


「毎日だよ?」


「分かりました」



何度も確認する先生が、可愛く思えた。


別に先生は、私と話すために来るだけなのに、毎日会いたいと言われてるみたいで、嬉しかった。




その後、先生は病室まで送ってくれて、
すぐに学校に戻った。



明日も会える。



会いに来てくれる。



それが、ただ嬉しかった。



「七瀬さん、熱測ってもらえますか?」


「あ、はい」


先生が帰ってすぐに、
看護師さんが病室に入ってきた。



38度。


まだ、熱は全然下がっていなかった。



「熱あるので、点滴打ちますね」



「…はい」   


先生と話していた時、熱が出ているとは思えないほど、楽しく話していた。


明日から色々な検査をする。


原因が分かれば良いけど、
分からないのが一番怖かった。


でも、私には願うことしかできないから。


だから、原因だけでもわかりますように、と
何回も心の中で願った。


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