転移したら俺の息子が王太子殿下になり、メイドに三十点王子と言われました。
【3】引き離された家族
 ―翌日―

 静かな農村に、約束通りメイサを迎えに一台の公用車と護衛のため王室警察の車が数台到着した。

 公用車から昨日メイサと一緒だった老紳士が降り立つ。メイサの話では彼は王宮に古くから仕えるトーマス王子殿下の教育係でもあり、有能な執事だそうだ。

「メイサ妃、お迎えに上がりました。あなたがメイサ妃のご主人様ですね。不本意でしょうが、御子様と一緒に同行して下さい。トーマス王子殿下の御生母様に相応しい暮らしをすることがトーマス王子殿下と月に一度面会する条件です。町民の衣服は全てこの民家に置いて行って下さい。新しい住まいには衣類も生活に必要な品も全て揃っております。これは皆様の新しいお召しものです。どうかお召し替え下さいませ」

 スポロンは三人の衣服を手渡した。
 どれも高級な生地で仕立てたドレスやスーツだった。

「スポロン、私は普通の暮らしがしたいのです」

 メイサはスポロンに籠に入れた三羽の鶏を見せた。スポロンは鶏を見て一歩後ずさりした。

「そ、それは今夜のディナー用ですか? 鶏の丸焼きにするのですか?」

「まさか、違いますよ。トーマスへのお土産です。食用ではありません。トーマスが飼いたがっていたのです。あなたはトーマスの『じい』なのでしょう。あの子が動物好きなのはよくご存知でしょう。これは今度トーマスと面会した時に渡します。この鶏を殺して食したら、たとえスポロンでもトーマスの逆鱗に触れ死罪ですよ」

「死、死罪……。畏まりました。そのようなことはいたしません。この鶏も新しい新居にお運び致します」

 小さな籠の中で、バタバタ暴れる鶏をスポロンは眉をひそめて受け取る。

「コーディ、コーディはおらぬか。この鶏を車に乗せなさい」

 (コーディ? サファイア公爵家の執事、コーディ・ムーンストーンなのか?)

 公用車の後ろに控えていた後続車から、執事の制服に身を包み颯爽と降り立ったのは、レイモンドの親友コーディだった。

 コーディは真顔でメイサとレイモンドに歩み寄り深々と頭を垂れ挨拶をした。

「ご無沙汰しております。メイサ妃、私はサファイア公爵家で働いておりました執事です。スポロンさんからメイサ妃とレイモンド氏のお世話係には顔見知りがよいのではないかとの指示を受け、サファイア公爵様の許可を得て私はメイサ妃とレイモンド氏の執事をさせていただくことになりました。新しい御邸宅には、サファイア公爵家のメイドも待機し、お二人と御子様のご到着を新居で心待ちしております」

 レイモンドは懐かしさのあまりコーディに抱き着こうとしたが、コーディに目で制止された。スポロンの手前、レイモンドとの関係に一線を引いたようだ。

「サファイア公爵家の執事やメイドなど不要なのに」

 メイサは不満を漏らし、スポロンを睨みつけた。

「メイサ妃、そうはまいりません。最低限の人数ではありますが、これはトム王太子殿下と王妃のご命令です。従っていただきます」

「わかりました。ではコーディ、この鶏はトーマス王子へのお土産です。丁重に新居に運んで下さい」

「畏まりました」

 コーディはレイモンドに視線を向けてニヤリと口角を引き上げた。

 レイモンドはコーディが傍にいてくれるなら、とても心強いと思った。

 メイサとレイモンドはスポロンに渡された衣服に着替えた。メイサのドレスは紫色のドレスだった。昨日渡された未使用のドレスはスポロンが丁寧に取り扱いコーディに渡した。メイサはその隙に、赤いドレスとハイヒールをレイモンドのバッグの中に無理矢理押し込んだ。

 そのバッグもコーディが車のトランクに積み込んだ。

 レイモンドは絹のおくるみにユートピアを包み抱いて古民家を出る。メイサ妃は公用車に乗り込み、スポロンからレイモンドとユートピアも公用車に乗り込むように指示を受けた。

 ◇

 ―レッドローズ王国―

 新しい邸宅は王都の中心地にある高級住宅街の一戸建てだった。二人が暮らしていた民家やストーンに与えられた古民家とは比較にならないほど立派な屋敷だった。

 メイサには相応しいが、レイモンドは自分には相応しくないと思った。広い敷地に美しい園庭、そこにそびえ建つ白亜の豪邸は身分不相応だと感じたからだ。

 豪邸の前には二人の女性が深々と会釈し、メイサとレイモンドを出迎えた。それはメイサには懐かしい相手だった。

「メイサ妃、ご無沙汰しております。さあ、ご主人様、ユートピア様を私に」

「……ローザ、あなたがどうして」
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