転移したら俺の息子が王太子殿下になり、メイドに三十点王子と言われました。
【10】血よりも濃い繋がり
 ◇

 レッドローズ王国に帰国する途中、スポロンはトーマス王太子殿下に高級レストランでの食事を提案したが、トーマス王太子殿下は食欲がないからと断った。

 ルリアンは助手席から紙袋を二つスポロンに手渡す。

「実は先ほどメイサ妃の侍女のローザさんが、私達に飲み物と軽食を差し入れて下さいました。その時に『きっとトーマス王太子殿下もスポロンさんも邸宅でお食事はされないでしょう』と、これを渡されました。多分飲み物と軽食のサンドイッチだと思います」

「ローザさんが私達の食事までご用意されていたとは。何年も離れていたのにトーマス王太子殿下の性格をよくわかってらっしゃいますね。さすがメイサ妃の侍女です。王宮にいらした時も口は達者で私よりも立場は上でしたからね」

「そうなんですか? 高齢に見えましたが、有能なんですね。トーマス王太子殿下の好きな玉子サンドだそうです。トーマス王太子殿下の鶏が雛を産み、三羽だった鶏が今は裏庭に数十羽もいるとか。トーマス王太子殿下は鶏がお好きなのですね」

 トーマス王太子殿下は何やら思い出したようだ。

「鶏……。頼んだんだ。スポロンが迎えにくる前に、おじちゃんにお土産に鶏を買ってきて欲しいと。自分で飼いたいからと」

 食欲がないと言っていたトーマス王太子殿下が、紙袋を開けて玉子サンドを取り出した。

「鶏が小さな雛を育てて、その雛も立派な鶏になったんだな。それなのに私は……母にあんな酷いことを……」

 助手席からルリアンが身を乗り出し、凄い形相でトーマス王太子殿下に喰ってかかる。

「せっかく御生母様に再会できたのに、何をやってるんですか! はるばるパープル王国からレッドローズ王国に来た意味がありませんよ。まったく、プライドばかり高くてトーマス王太子殿下はダメですね」

「煩いな。事情がわからない者は黙っててくれないか。家庭の事情は色々あるんだよ」

「ほんと、素直じゃないんだから」

 プイッと前を向いたルリアンに、トーマス王太子殿下は不機嫌な顔をしながらも、サンドイッチを口に運んだ。

「……美味い。懐かしいローザの味だ。そういえば、あの家にはおじちゃんがいなかったな」

「おじちゃんでございますか?」

「スポロン、あの日、義父さんと一緒に朝市に出掛けていた『伯父さん』だよ。顔ははっきり覚えていないけど、確かにもう一人男性がいた」

「そのような方は、引っ越しの際にお迎えに上がった時もいらっしゃいませんでしたよ。トーマス王太子殿下を軟禁していたガイ・ストーンの供述で確か昔同僚だったタクシー運転手がいたとの話もありましたが、その者はすでに逃走していました。ガイ・ストーンとの共犯説もありましたが、単独犯だと判明し容疑者として捜索もされませんでした。もしかしてその人のことですか?」

「うる覚えで顔はハッキリ覚えていないんだよ。伯父さんどこに行ったんだろう。逢いたいな……。このサンドイッチを食べたら感激するだろうな」

 トーマス王太子殿下は『おじちゃん』と呼んでいた男性を懐かしみながら、ローザが差し入れてくれたサンドイッチを頬張った。

 張り詰めていた気持ちの糸が切れたように、トーマス王太子殿下の目から涙が零れ落ちた。

 ルリアンはトーマス王太子殿下の前の席に座っていたが、背後でトーマス王太子殿下が泣いているのがわかった。

 メイサ妃と義父との間に何があったのかルリアンにはわからなかったが、トーマス王太子殿下の気持ちを思うと胸が締め付けられるようだった。タルマンもルリアンの義父だ。トーマス王太子殿下の複雑な気持ちはよくわかる。

 運転席にいる義父のタルマンは普段はお喋りなのに何故かずっと黙っている。トーマス王太子殿下の話を聞きながら、時折ゲジゲジ眉毛がビクンビクンと驚いたように上がるのを、ルリアンは見逃さなかった。

 (そう言えば……メイサ妃の侍女ローザさんは義父さんを見て、何故か驚いていた。何度も義父さんの名前を確認し、義父さんの経歴も聞いていた。何故か鶏の話やトーマス王太子殿下がご幼少の頃の話もしていたが、義父さんは時折頭を右手でガンガン叩きながら、「すいません。頭痛がして申し訳ない」と、首を下げていた。今も義父さんは変だ。ガイ・ストーンの名前を聞いた時から、ハンドルを握る手が微かに震えてる。)
 
「義父さん、どうかしたの? 運転疲れたなら、少しパーキングで休ませてもらう?」

「いや、平気だよ。私の取り柄は車の運転だけだからね。安全運転を心がけます。スポロンさん、王宮でトーマス王太子殿下がいないと騒ぎになってませんかね?」
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