転移したら俺の息子が王太子殿下になり、メイドに三十点王子と言われました。
【2】悪意のある噓とそれを上回る策略
 ◇

 レイモンドとキダニが市場に外出し、メイサは家事や育児に追われていた。メイドのいない生活に多少は慣れたとは言っても、レイモンドも不在で二人の子育てを一人でするのは大変だった。

 泣いてぐずるユートピアに母乳を与え、お腹を満たして眠ったユートピアをソファーに寝かせ、ひざ掛けを小さな体にかけてやる。

 その時、玄関のベルが鳴った。
 レイモンドとキダニが出かけてまだ一時間も経ってはいなかったが、外で車の音がしてトーマスは背伸びをしながら窓から外を見た。

「パパとおじちゃん! ……あれ? ママ、昨日の小型バスのおじさんだよ。どうしたのかな?」

「昨日の小型バスの運転手さん?」

 ストーンはこの家の家主だ。再び訪れても何ら不思議はない。メイサは何の疑いもなくドアの内鍵を外した。

「ストーンさん、おはようございます。昨日はありがとうございました」

「昨夜は眠れましたか? キダニとレイモンドさんは?」

「二人は車で市場に買い物に行きました。宜しければ、美味しいハーブティーでもいかがですか?」

「ありがとうございます。それは亡き母の洋服ですね。よく似合っていると言いたいところですが、あまりにも粗末だ。この服装はメイサ妃にもトーマス王子にも相応しくありませんね」

 メイサはストーンが自分とトーマスの名を呼んだことに驚きを隠せない。昨日は一言も口を開かず名も明かしてはいなかったからだ。

 咄嗟にメイサはトーマスを自分の後ろに隠した。

 ドリームタクシーの後部座席が開き、黒光りする革靴が見えた。ドリームタクシーから降りてきたのは王室に古くから仕える執事だった。その直後に黒光りする王室専用の公用車と王室警察の車が古民家を取り囲んだ。

「メイサ妃、トーマス王子殿下、随分捜しましたよ。これはまた随分見窄らしい身なりを。ご苦労されたのですね。これはパープル王国よりお持ちしたお召し物です。トーマス王子殿下だけをお連れするのは、メイサ妃も不本意だと思い、パープル王国よりお二人をお迎えに上がりました」

 王室の執事はアジャ・スポロン。トーマスの元教育係でもあり、トーマスが『じい』と呼んでいたほど信頼し懐いていた人物だ。

「じい! お久しぶりです」

 トーマスは嬉しさのあまり、スポロンに抱き着いた。

「トーマス王子殿下、じいもお逢いできて嬉しゅうございます。さあお着替えをしましょう。お父様がトーマス王子殿下のお帰りをお待ちですよ」

「お父様が? はい、すぐに着替えます。でもユートピアを一人にはできません。ユートピアは私の大切な大切な弟です。お父さんやおじちゃんに黙って行っては叱られます。お出掛けにはお父さんの許しが必要です。そうですよね? お母様?」

 トーマスは賢い子だ。平生とは言葉を使い分け、レイモンドを『パパ』ではなく『お父さん』と呼び、自分の意思をはっきりとスポロンに伝えたが、スポロンはメイサ妃にすぐに着替えるように指示をした。

「メイサ妃の再婚相手はサファイア公爵家の元執事、レイモンド・ブラックオパールさんですよね。まさかあの誘拐事件の英雄が生きていらしたとは。その英雄がこんな事態を引き起こすとは前代未聞です。メイサ妃、あなたが素直に同行して下されば、彼を捕らえるとこは致しません。トム王太子殿下はトーマス王子殿下との面会の権利をメイサ妃の独断で行使されなかったことを嘆いておられるだけなのです。再婚相手を罰するつもりはございませんが、公務の妨害をされると王室警察も黙っているわけにはいかないでしょう」

 それは脅しにも値する言葉だった。
 レイモンドを捕らわれたくなければ、黙ってトーマスを王室に連れて来いということだ。
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