薔薇公爵の呪いを解くための代償 ~ハッピーエンド後のヒロインと攻略キャラの後日談~

旦那(ヴェルハイム)様、もし私に万が一のことがあったら薔薇庭園の奥に埋めたこの宝箱を空けてみて下さい。――が――で、――してしまったときの、……もしものためのものです』

 妻の言葉が鮮明に思い出し、私は慌てて雪の中から這い出て薔薇庭園の奥に突き進む。棘が私を拒むかと思ったが、そんなことはなくまるで私の歩く道を作ってくれる。
 奧には目印のような貝殻が置いてあった。

 あれは妻と一緒に海のある街を訪れたときの記念品だった。
 私はあまり自分の領地からでなかったことを話したら妻が「旅行に行きましょう」と言い出したのだ。病弱なのに時折、突拍子もないことを言い出す。

『旦那様は――ですけど、きっと幸せになります。だってシナリオにもちゃんとハッピーエンドになるって書いてありますもの』とか『ヒロイン補正がかかっているのできっとなんとかなるはずです』などよく分からないことを言っていた気がする。

 私と妻は魔法学院で出会って、恋に落ちた。
 妖精たちの交流が途絶えつつあったのを妻が復活させて、多種族との交流も広め国同士で国交を開くなんて話も出た。
 妻を狙っていた連中は多かったけれど、なぜその中で私を選んだのか――そういえば昔聞いたことがあった。

『私の推しだったんですよ。それに貴方には幸せになってほしかったのです』

 そうこの時もよく分からないことを言っていた。
 私は充分幸せだったし、妻が居たらそれでよかった。

「マリア」

 貝殻の下に埋まっていたのは昔見た木箱。彼女の宝物入れがどうしてここにあるのだろう。寝室に大事にしまっていたはずだ。
 疑問が膨らんでいく中、鍵の付いていない木箱を開けた。
 中には年季の入った手紙と、小瓶と私が彼女に贈った結婚指輪が入っていた。
 もしかして妻は私に愛想を尽かせて出て行ったのではないか?

 胸が焼けるような苦々しい思いがしたものの結論を急いではダメだと手紙の封を開けた。すでに何度も開封された後が残っている。
 私以外の誰かが彼女の手紙を読んでいたのだとしたら腹の底から怒りが沸いた。
 今すぐにでも殺してしまいそうな殺意が漏れる。

 ふわりと、甘い香りが漂って怒りが薄らいだ。
 不思議な筆舌に尽くし難い甘い香り。

『愛しの旦那(ヴェルハイム)様へ。
 この手紙を読んでいる頃には、私は――多分亡くなっているのでしょう。
 ずっと一緒に居ると言ったのに、約束を破ってしまってごめんなさい』

 妻の字だ。
 よく知っている。学生時代何度も手紙のやりとりをしたから彼女の癖も覚えていた。
 手紙を持つ手が震えていて文字がよく読めない。
 彼女が亡くなった?
 そんな馬鹿な。
 そう叫びそうになるのをグッと堪えて手紙の続きを読む。

『学院生活を経てヴェルハイム様に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()
 領地から出て海の街まで遠出もできた、だから呪いはきっと解けたのだと安心していたの。
 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
 私がもっと早く貴方の異変に気付けばよかった。
 歳を取らず、薔薇が領地を覆い囲むように咲き誇っていることも、貴方の呪いが貴方自身を蝕んで人ならざるモノになりつつあることを――私は見抜けなかった』

 何を言っているのだろう。
 この手紙は妻の悪戯だろうか。
 それとも屋敷に戻ることが遅れた私に対する嫌がらせか。

『一緒に居る時間が楽しくて、幸せで――だからこのまま時間が流れると思ってしまった。
 ごめんなさい。ごめんなさい。
 歳を重ねて皺が増えて、体力も落ちた私に貴方は当時の私を受け入れられず、私が若い頃のままの「病弱だ」ということで辻褄合わせをしていて気付いたの。
 呪いの進行は進んでいくと自我を保てず、領地内を薔薇で閉ざしてしまう。だからマーリンから特殊な薬を調合してもらったの。箱の小瓶に入っているでしょう。それを一粒飲めば大丈夫だから』

 この辺りから文字が滲んでいた。
 私の涙だったのか、それとも彼女のものか。
 なんとか続きは読めた。
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