この胸が痛むのは
「ちゃんと聞いた?」

「……うん」

「トルラキアの男の子とは、付き合わない?」

「うん」

「夜に話を聞かせてね?」

「うん」



出会い市で殿下は手作りの組み紐を、私に買ってくださいました。
騎士様に通訳されながらも、ご自分で直接交渉
して『まけて』とやり取りするのは、とても楽しそうでした。

手招きされて鮮やかな色の組み合わせの中から、どれが欲しいか尋ねられて。
色の洪水に選べなくて『お任せします』と言うと。
全体的には赤いのですが、その中に金色と紫色の糸が組込まれている一本を選ばれました。


「手首に何重にも巻いてもいいし、髪に結んでもいいらしい。
 どっちに結ぶ?」

私が左の手首を差し出したので、殿下はゆっくりと巻いてくれました。


「贈り物はエスカレートしていくからね。
 最初は組み紐だけど」

殿下の仰った事がよくわからなかったのですが、結ばれた私の手首に顔を近づけて、マーシャル様があきれたように声を張り上げられたので、そちらに気を取られてしまいました。


「色が控え目過ぎるよな!」

「あからさまなのは、好みじゃない」


赤い中に、控え目な金と紫。
あの時、殿下をからかったマーシャル様の笑顔。
怒ったように答えた殿下の表情。
アグネスとお揃いにしたい、とパエルさんを見上げておねだりをしていたリーエ。


今から振り返りますと。
この日が、幸せな……一番幸せな。
護衛騎士様達も含めて、その場に居た皆様が笑っていました。

涙も疑いも苦しみも憎しみもない……
私の一番幸せな、特別な思い出の日になりました。
< 199 / 722 >

この作品をシェア

pagetop