この胸が痛むのは
 父が先代の言葉を遮ったのを初めて見ました。
先代は父を睨み付け、また兄に向かって話し出しました。


「お前は嬉しいのだろう?
 クラリスがいなくなれば、己は安泰だと。
 だがな、それならアグネスに……」

クラリス、アグネスと。
姉と私の名前を出す先代が何を言いたいのかわかりませんでした。
何故にここまで怒って、兄を責めるのか理解出来ませんでした。
葬儀には間に合った、それでいいのに。
兄は拳を握りしめて、立っていて……その時でした。


「黙れ! 退いたのなら、余計な口出しはするな!」

父が怒鳴って。
驚きました。
先代に対してそのように声を荒げるのもそうですが。
厳しい人でしたが、感情に任せて怒鳴ることなど一度もなかったからです。

先代も祖母も驚いて、父の顔を見ていました。
隣に立っていた兄も。
隊長だけが平然と、父の背後から兄の後ろに移動しました。 


「プレストンの判断は間違っていない!
 スローンの後継はプレストン以外にない!
 年寄りは年寄りらしく、領地で大人しくしているがいい」
 
「……」

先代は何か言いたげに口を開きかけては黙るのを何回か、繰り返して。
ようやく、こう言いました。


「言った言葉は戻らないからな、後悔しても」

「ここで黙っていた方が一生後悔しましたよ。
 貴方達が葬儀に出るか出ないかは、ご自由に。
 私達はこれから皆さんを招き入れるので忙しい。
 呼びつけるのは遠慮していただきたいですね」


父はそれだけ言うと、部屋をさっさと出ていきました。
兄は少し頭を下げ、私も簡単なカーテシーをして出ました。
私の後ろには隊長も続いて。
兄が隊長を振り返って『ありがとう』と、言って。
私に笑いかけました。


「来年の誕生日にはもう、お金を送って貰えないだろうな。
 それだけが残念だな?」


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