この胸が痛むのは
相変わらず口調は楽しげなのですが、何か不穏な雰囲気を纏い始めていました。
殿下はご返事なさらなかったのに、お話を続けられます。



「ご存じないでしょうけれど、私の方が早くから、でしたの。
 それを……横から。
 亡くなって直ぐに切り替えがお早いのは、さすが王族でいらっしゃる」

「レイ、早く連れていけ!」

 
短く殿下が仰せになって、マーシャル様が急いで夫人をこの場から下がらそうと腕を取り、ホールまでエスコートしようとなさいました。
辺境伯夫人は一旦は、マーシャル様に右手を預けて、立ち去ろうとされたのに、足を止められ振り返って、こう仰ったのです。 


「王弟殿下、少なくとも私は、誰かの代わりに
したい訳じゃありませんの」

殿下と呼び掛けながら、夫人の目は私を見ていました。
私に聞かせたいのです。


「またね、アグネス様」

あくまでもご機嫌な口調のまま、辺境伯夫人は
マーシャル様に連れられて、テラスを出ていかれました。


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