この胸が痛むのは
食堂を出る俺達と入れ違いに、一人の男がやってきて、トレイを持って列に並んだ。

身長は高いが少し猫背で、モサッとした髪型。
ぱっとしない男で、ここの生徒達でこの男のフルネームを正しく憶えている人間は半分にも満たないと思う。

人気のない伝承民俗学を教えている契約教師。
来年、契約が切れて母国に戻る男。
金にならない妖精や吸血鬼の研究を続ける為に。
その資金を稼ぐ為に、仕方なく教鞭を取った男。
それがクラリス・スローンが恋した男、
イシュトヴァーン・ストロノーヴァだ。

一瞬すれ違っただけなのに、嬉しそうに輝いた
クラリスの顔に、確かに乙女の部分を見つけた。


 ◇◇◇


「王女から勧められたモノを口にしてはいけないんだよな?」

「王女の他にも、誰が何をするか全部は把握出来ませんからね。
 こちらの手の者に、夜会の前に会っていただいて、その者からのみ受け取られてください」

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