もう一度あなたに恋したときの処方箋


開放感というより、飲んで浮かれてるというべきか。
もともとカップルだった人たちはどこかに消えてしまったし、意中の相手を口説き落とそうとペンションの庭で星空を見上げてロマンティックに囁いている人もいる。

もちろん真面目な人たちは、食堂のテーブルで熱いサッカー談議を繰り広げていた。

私はひたすらお皿を洗ったり空き缶やビール瓶を片付けたりしていたのだが、つい油断してしまった。
エリちゃんから『アンタは隙だらけだから気をつけろ』と言われていたのに、遊び人だと噂のある同学年のチャラい奴に絡まれて納戸に連れ込まれてしまった。

誰もピンチに気付いてくれない。

あたしは佐藤正樹(さとうまさき)にあっという間に抑え込まれた。
酔っ払ってふらつきながら『水が欲しい』というのでペットボトルを渡そうとしただけなのに、腕を引っ張られて一階の奥にある納戸に放り込まれたのだ。

ペタッと倒れ込んだら、納戸の硬い畳に背中があたって痛かった。
佐藤の力は強くて、叩いてもこたえないみたいだし、無遠慮に顔が近付いてくると流石にあたしも焦ってきた。

大きな声を出さなくちゃと思うのだけど、声にならない。
思いっきり頭突きでもして反撃しなくちゃ! でも、身体に力が入らない。

「やめて!」

やっと叫べたと思ったときに、急に納戸のドアが開いた。

助かった! コイツ鍵かけてなかったんだと思った瞬間、力が抜けていく。


「正樹……お前、なにやってんだ」

低くて落ち着いた声がした。 

(あれ? 怒鳴るとか、佐藤を引きはがすとかしてくれないのかな?)

なんとなく聞き覚えのある声に、心がギュッとわしづかみされた気がした。
女の子が押し倒されてたら、『大丈夫か!』とか言ってくれないの? 助けてくれないの?
恐怖のあとなのに、私の頭の中はスッと冷静になれた。
逆光で表情が見えないけど、ものすごく違和感があったのだ。

「いや、あの、チョッと彼女とじゃれてたんだ」
「なに言ってるの? 離してよ!」

私は慌てて佐藤の腕から離れた。
コイツ、屑だ。とんでもない場面を見られたのに、嘘ついてケロッとしてる。
『彼女』なんて呼ばないでほしいのに、部屋に入ってきた人はどうやら佐藤の言い訳を信じたらしい。

呆然としている私の顔と乱れた服を見ても、冷静な声のままその人は言った。

「淫乱なオンナ……」




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