彩国恋花伝〜白き花を、麗しき紅い華に捧ぐ〜
 壁全面が本棚になっているマヤ様の部屋には、経典のようなものがぎっしりと並べられていた。

 なぜか、『呪術』という文字が目に止まる……。上、中、下と三冊あるようだ。

(呪術……、どんな事が書いてあるんだろう?)

 無性に中身が気になり、その経典に手を伸ばしていた。

「スヨン!」

 コウが、切羽詰まった顔で制止する。

「え!」と仰天する私に、続けて説明する。

「この経典には神力(しんりょく)が宿ってるって言われてるじゃない! 命だって堕とすこともあるんだから、むやみに触れないようにって……」

「しんりょく?」

「神の力よ!」

(本に、神の力? そんなことって……、ある?)

「もーっ、スヨン! 脅かさないでよ」

(そんなにムキになること?)

 そう思いながらも、私なんかの為に必死になってくれるコウの気持ちがありがたいとも思った。

 部屋に戻ってきたマヤ様は、そのまま奥の机に進んでいき、こちらを向いて腰を下ろした。
 駆け寄るコウ。私も同じように、マヤ様の前に立つ。

「あす、王宮にて婚礼の儀が執り行われる。二人にも参列してもらうゆえ、抜かりのないよう、しっかり準備をしておくように」

 命令的なマヤ様の言葉。

「えっ! わたくし達もお供させて頂けるのですか?」

 喜びを抑えきれないコウが、マヤ様と私を交互に見ながら、確認するように聞き直している。
 マヤ様は、私達を見つめながらゆっくりと頷いた。

(王宮で婚礼ということは、王家の結婚式ということ? えっ、私も出席できるの? 私も、宮殿に入れるの?)

 コウと目が合った。嬉しそうに、目を細めて微笑んでいる。よく分からないけれど、なんだか私も胸がワクワクしてきた。

 マヤ様の部屋を出ると、コウが私に抱き付いて言った。

「スヨン! 私達もようやく認められたのね」

「そう、なの?」

「そうよ! きっと、王家専属の巫女として候補に挙がってるのよ」

(そんなに凄いこと?)

 舞い上がって喜んでいるコウに、ちょっと聞いてみたくなった。

「コウは、王家専属の巫女になりたいの?」

「なりたいに決まってるじゃない! 親や兄弟に、楽させてあげたいもの」

 親や兄弟の為に……。昇格すれば、給料でも上がるのだろうか?
 コウは、家族思いだ。

「あっ、今日は食事係よ! 急ぎましょ」

 コウが、急ぎ足で別の棟へと移動していく。

(食事係って……、私達が作るの?)

 私も、あとを追い掛けた。

「あら、コウ! 支度は、ほとんど終わってるわよ」

「わぁ、ありがたいわ〜。大変な思いをさせてしまったわね」

 古民家風の建物の中から聞こえてくる声……。コウが、誰かと話しをしているようだ。続いて私も、そこに足を踏み入れる。

 六畳ほどの土間に、湯気の上がった大きな釜が三つある。古びたまな板に包丁、食器らしきもの……。ここはキッチンのようだ。
 私達と同じ年頃の巫女が二人、小皿に野菜のお浸しを盛り付けている。

「ところで、スヨン。マヤ様の話って、なんだったの?」

 手前に居る巫女が、いきなり私に話し掛けてきた。

「あっ……」

 私はためらった。
 王宮の婚礼に出席するなんて言ったら、この人達はきっと気を悪くしてしまうだろう……。そんな自慢話をしたら、嫌われてしまう。友達とはそういうものだ。

 なかなか言いだせない私が焦れったくなったのか、コウがしゃもじを片手にあっけらかんと口を開いた。

「私達、王家の婚儀に連れていってもらえるみたい」

(嘘……、言っちゃうんだ)

「王家の婚儀って……、ほんとなのっ。凄いじゃない!」

「良かったわねっ」

 二人の巫女は、まるで自分のことのように喜んでいる。
 他人の幸せに嫌な感情を抱かないなんて、優しい人達だ。言い出せなかった自分が、とてもちっぽけな人間に思える。

「スヨン! 私達二人で運びましょ」

「えっ、これ、全部?」

 コウがご飯を盛りつけた茶碗をお盆に並べ、慌しく動きだす。私もコウを見習い、二十四人分のお膳を次々に隣りの部屋へと運んでいった。

 もう、クタクタ。こんなに働いたのは、初めてかもしれない。
 身体は疲れているのに、なぜか心地よい。
 この世界が夢や幻想なら、永遠に覚めないで欲しいと願った。
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