少女達の青春群像           ~舞、その愛~
 そんな話をしているうちに帰り支度が終わったのだろう、中葉がやってきた。

「中葉君、さっきのことなんだけど…」

 響歌がさっきのことで文句を言おうとしたが、中葉はそれがわかっているのか、そうでないのか。響歌の言葉を遮った。

「あぁ、さっきのことだけど、今日もスマホを持ってきていたから高尾を撮っておいたよ。もちろん後でデータを送っておくから。でも、あいつ、最後に手を出してきてしまって、手しか映っていなかったんだよなぁ」

 それじゃあ、意味が無いだろう。

 しかもあの場面は真子も見ている。もしちゃんと映っていたとしても、真子にバレる恐れがある。あげることなど、とてもじゃないけどできなかっただろう。

 危険な橋はもう渡りたくない。

「が、画像なら、もう高尾君のはいいよ。まっちゃんの恋が絶望的だとわかったから、まっちゃんにはできるだけ早く高尾君のことを忘れて欲しいんだ。画像なんてあげるとなかなか忘れられなくなりそうだから…ね?」

「そうかぁ、それなら仕方がないなぁ。まぁ、高尾も嫌がっているし、その方が糸井さんの為なんだろうね。じゃあ、それなら次は響ちゃんを撮りたいんだけど、いいかな?」

 中葉の言葉に、響歌の動きが止まった。

 舞は他人事なので、あっさりと響歌の代わりに承諾する。

「もちろんそれならいいよ。あっ、なんだったらツーショットを撮ってあげるよ。ね、響ちゃん」

 だが、響歌の返事は無かった。

「響ちゃん、いいでしょ?」

「嫌」

「…え?」

「絶対、嫌」 

 舞は予想外な言葉に驚いたが、響歌の顔を見ると本当に嫌がっているのがわかった。

 響歌から見ると、中葉は告白を断った相手だ。自分のことを忘れる為に画像は撮らせない方がいい。そう考えているかもしれない。

「でも、画像くらいはいいんじゃないのかなぁ…」

 無言で立ち上がり、素早くコートを着る響歌。

「えっ、えぇっ、響ちゃん?」

「私、もう帰るから」

 響歌はそっけなく言うと、教室から出て行ってしまった。

 後に残されて、舞は居心地が悪くなった。

「あっ、ざ、残念だったね、中葉君。もう、響ちゃんってば、テレ屋さんなんだから」

 響歌がテレ屋など天地が引っくり返ってもあり得ないような話なのだが、他に誤魔化す言葉が無かったのでこう言うしかない。

「ムッチーは優しいなぁ。オレのことならいいよ。画像を撮らせてはもらえなかったけど、そんなにショックでもないから。でも、響ちゃんには悪いことをしたなぁ」

 ショックを受けていない。中葉は口ではそう言ったが、ある程度のダメージは受けているように見える。 その姿に、舞の母性本能が刺激された。

 淋しそうな姿が、なんだかとても愛おしい。ぎゅっと抱きしめてあげたくもなってしまう。

 えっ、何、私ってば、いったいどうしてしまったというの。

 私の好きな人はテツヤ君のはずなのに、こんなにも中葉君を愛おしく感じるなんて。

 そういえば最近、テツヤ君の姿を目で追っていないわ。

 いつもテツヤ君を目に追っていたはずなのに!

 あんなにもテツヤ君を愛していたはずなのに!

 これって、もしかして…

 もしかして…私ってば、本当の愛を見つけてしまったの?

 いや、そんなはずは…そんな…

 舞は必死で否定しようとしたが、すぐに受け入れる。

 いいえ、きっと、きっとそうなのね。

 いつの間にかテツヤ君への赤い鎖は、テツヤ君の小指から離れて中葉君に付いてしまっていたのよ。

 あぁ、なんで今まで気づかなかったのかしら。私の運命の人はこんなにも近くにいたというのに!

 そういえば文化祭の前、響ちゃんの策略によって男子達の群れに放り込まれた時も、中葉君だけが私を気遣ってくれたわ。

 なんてや・さ・し・い・人 ?

 こうして見てみると、愁いを帯びた表情もなかなか魅力的ね。

 響ちゃんに失恋したばかりなんだもの。私がしっかりと中葉君を支えてあげなくっちゃ。

 響ちゃんも本当に酷いわ。中葉君の頼みを無下に断るなんて!

 こんなに優しい人を、こんなにも傷つけて!

 あぁ、でも、考えてみれば響ちゃんは脇役だからそれでいいのか。

 そこで主人公の私が登場して…という物語になるんだもの。響ちゃんの対応はあれでいいのよ。

 そう、ここから私と中葉君の大河ロマンスが始まるのよ!

「ムッチー、どうしたの。さっきから黙って空を見上げているけど。そういえば今日は夕方から雪が降るっていう話だもんな。ムッチーも早く帰りたかったんだね。ごめんな、気がつかなくて」

 本当に、や・さ・し・い・人 ?

 舞は中葉のことが益々好きになった。

「いいのよ、中葉君。それよりも私は中葉君の心の中が心配だわ。中葉君って繊細だから、本当は響ちゃんに傷つけられてボロボロになっているんでしょ。無理しちゃ、ダ・メ・よ。後で私が響ちゃんに言っておくわね。これ以上、中葉君の心を虐めないでって」

 中葉は舞の優しさに感動した。

「ムッチーって、本当に心の優しい女の子なんだね」

 いいえ、中葉君。あなた程ではないわよ。

「でも、そんなことはしなくていいよ。きっと響ちゃんには響ちゃんの事情があるんだ。だからムッチーは責めないであげて。それよりもできれば響ちゃんに、ごめんって伝えておいて欲しいんだ」

 あぁ、中葉君ってば、響ちゃんに対しても優し過ぎだわ。

 私にだけ優しくしてくれたらいいのに…

 舞は響歌が恨めしくなった。気分も落ち込んでしまう。

「どうしたの、急に落ち込んだみたいだけど…」

 中葉は舞の様子に気がつき、顔を覗き込んだ。

「あなたのせいよ」

 つい本音が出てしまう。

「えっ?」

「あっ、いや、なんでもない。ごめんね、中葉君」

 舞にはここで本音を言って中葉を困らすことはどうしてもできなかった。

 私の気持ちは、今のあの人にとっては負担になってしまう。

 言うわけにはいかない。

「私も、もう帰るね。さすがに急がないと電車の時間に間に合わなくなるから。あっ、中葉君はもう少しゆっくりしていって。この時間帯の電車には、中葉君の方は間に合いそうにないもの。雪ももう振ってくるだろうし、電車の時間まで教室にいた方がいいわ」

「あっ、ムッチー!」

 中葉の制止も無視して、舞はバタバタと足音を立てながら教室から出て行った。

 いきなり舞に置いていかれた形になった中葉は、困惑しながら彼女が出て行った扉をずっと眺めていた。
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