少女達の青春群像           ~舞、その愛~
 自分の心臓と必死で戦っている響歌の隣では、黒崎が涼しげな顔で立っていた。お互いの身体が少し触れているのに、彼の方は何も感じないらしい。

「これだけ降ってこられたら、駅に着いた頃には積もっていそうだなぁ。どうやって帰ろうかなぁ」

 呑気にも帰る心配をしている。

「天気予報では降り始めたら止まないようなことを言っていたしねぇ。家の人に迎えに来てもらうしかないんじゃない?」

「まぁ、みんなはそうするんだろうけどさ。オレは独り暮らしをしているから、家の人っていないんだよなぁ」

 …え。

「黒崎君って、独り暮らしだったの?」

「あれ、言ったこと無かったっけ。オレの父親、オレが高校に入った直後から海外赴任になって、母親もそれに着いていったんだよ。兄貴はいるけど寮に入っているから、必然的に独り暮らしをしないといけなくなったんだ」

「じゃあ、大変でしょ。食事とか、ちゃんと作っているの?まさか、だからそんなに細いんじゃ…」

 響歌は心臓との戦いを忘れて黒崎を凝視した。

 はっきりって黒崎は細過ぎなのだ。ウエストなんて響歌の半分くらいしかないのではないだろうか。何かが当たるとすぐにポキッと折れてしまいそうだ。

 響歌が心配になるのも無理はない。

「いやぁ、それがなかなか。バイトがある時はまかないを食べられるからいいんだけど…あっ、オレ、ファミレスでバイトしているんだ。でも、そのバイトが入っていない時は簡単にコンビニ弁当で済ませてしまうことが多いんだよな。朝ごはんは時間が無いから食べないしさ。お弁当くらいかな、自分で作るのって」

「自分でお弁当を作っているんだ。黒崎君って、凄いね」

 響歌もたまには弁当を作っているが、ほとんど母親に作ってもらっている。舞達もそうだったはずだ。

 今は男性でも料理が作れないといけない時代になっているようだが、それでもまだ料理は女の仕事だと思っている男性も少なくない。

 それなのに黒崎君って、仕方がないとはいえ自分でお弁当を作っているんだ。

「もちろんいつもじゃないよ。やっぱり毎日作るのは面倒だから、コンビニで菓子パンを買って済ませることも多いんだ」

 それじゃあ、細くなるはずだ。

 あぁ、できることなら私が彼の通い妻になってあげたい!

 あれ、ということは黒崎君って、本当に彼女がいないの?

「黒崎君って、本当に彼女がいないんだね。彼女がいるのなら、少しはご飯を作ってもらえるもの」

「もしかしてまだ彼女がいるって疑っていたの?」

「まぁ…ね」

「オレも信用が無いんだなぁ。今は本当にいないんだよ。でも、今度、好きな子に告白しようと思っているんだ」

 なんですって!

 いきなりの爆弾発言である。

「く、黒崎君って、好きな人いたんだ。その人って、どんな人。私の知っている人なの?」

 必死に冷静さを保って訊ねると、黒崎は…好きな人のことを思い出しているのだろう、幸せそうな笑みをした。

「葉月さんと一緒のクラスの加藤だよ。本当は島本(しまもと)さんを好きになろうとしたけど無理だったんだ。でもさぁ、いつの間にか加藤のことを好きになっていて」

 島本さんといえば、クラス一可愛い女の子ではないの!

 好きになれなかったとはいっても、気に入っていたのは確実だ。

 やっぱり黒崎君も面食いだったんだね。

 しかも…加藤、また加藤さんか。

 そりゃ、目立つし、面倒見がいいし、真面目で優しくていい人だけどね。

 私から黒崎君を取らなくてもいいじゃない!

 橋本君だけじゃ、ダメなの?

 響歌は絶叫したかった。黒崎が隣にいなければ実際にそうしていただろう。

 加藤が相手では太刀打ちできない。失恋は決定的だ。

 このまま彼の隣にいたくない。黒崎から離れて雪の中に埋め尽くされたい。

 だが、そんなこと、できるわけがない。

 響歌は応援するしかないのだ。

 黒崎が哀しむ姿を見たくはなかったから。

「加藤さんだったのかぁ。さすが黒崎君、お目が高い。私、黒崎君の告白が上手くいくように応援しているから!」

 響歌の応援に、黒崎の顔に笑顔が増した。

 響歌の大好きな黒崎の笑顔だ。

 それを見て、響歌は自分の想いを諦めた。

 自分の想いよりも、黒崎君のこの笑顔を大切にしたい。

 黒崎君の告白が上手くいって欲しい。

 自分はもう上手くいかなくていい。こうやって彼と並んで立てるし、いろんな話ができる。好きな人まであっさり教えてくれた。まっちゃんよりも全然マシな立場だ。

 これ以上を望むのは贅沢だ。

 響歌は黒崎から視線を外して、雪が舞い降り続ける空を見上げた。

 これ以上、黒崎の姿を見るのは辛かったから。

 こんなに近くいるのに、心は果てしなく遠い。

 それを実感してしまうから…

 電車が来るまでずっと空を見上げていた。
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