少女達の青春群像           ~舞、その愛~
 中葉は無表情だった。そんな顔をしながら舞の前で立っている。

「な、中葉君、昨日も一昨日も勝手に休んでごめんなさい」

 彼は怒っている。舞は中葉を一目見るなりそれがわかった。

 中葉が怒りを露わにしているわけではない。他の人から見れば、彼が怒っているなんて到底思えないだろう。

 だが、舞にはわかってしまうのだ。

 中葉の表情が無なのは滅多にない。舞の愛する中葉は、いつも穏やかで優しい眼差しを舞に向けている。

 それが今は無くなっている。

 中葉が怒っている何よりの証拠ではないか!

 朝、電車の中で響ちゃんから聞いていたから覚悟はしていたけど、まさか本気で私と別れるつもりなんじゃ…

 舞にとって、それはとてもじゃないけど考えたくないことだった。

 あの優しい眼差しが見られなくなるなんて。嘘よね、中葉君!

「あの、今日の放課後は私と一緒に駿河駅まで行かない?」

 舞はドキドキしながら中葉を誘った。

 その瞬間、中葉の目に優しい眼差しが戻る。

「言いたいことはたくさんあるけど、それは放課後になってからだね。舞、ありがとう。こうやって放課後デートに舞から誘われたことが無かったから凄く嬉しいよ。昼休みに5組に来てくれたのも初めてだしな」

 中葉はそう言うと、微笑んだ。

 舞の好きな中葉の表情だ。

 あぁ、良かった。中葉君はあんな酷いことをした私を許してくれるのね。勇気を出して5組に来たかいがあったわ。

「じゃあ、また放課後にね」

 中葉の機嫌が直ったことがわかったので、すぐ4組に戻ろうとした。昼休みはまだあと20分残っているというのに、だ。

 当然、中葉の方は納得いかない。

「そんなに慌てて戻らなくてもいいじゃないか。時間だって、まだ余裕があるだろ」

 それでも中葉の機嫌が直ったからにはこれ以上5組にいる理由が無い。それにこのまま中葉君と一緒にいると、また注目を集めてしまう。

 やっぱり私は注目されるのが苦手なのよ。

「ごめんね、昼休みはできるだけ友達の相手をしたいの。ほら、やっぱり友情をおろそかにするのはよくないでしょ。中葉君とは放課後も一緒に過ごせるわけだし。だからお願い。今は我慢して。私も我慢するから、ね?」

 舞は中葉にウィンクした。

 舞の予想外な行動に、中葉はあっさり陥落。

「仕方がないなぁ。わかったよ、早く友達のところに行っておいで。やっぱり舞の言うように友情だって大切だもんな」

 舞に見惚れながら、あっさりと舞を解放したのだった。



 ふうっ、響ちゃんから聞いた時はどうなることかと思ったけど、意外と早く仲直りができて良かったわ。

 舞はホッとしながら5組を出た。そしてそのまま4組へ戻ろうと階段を降りる。

 それでもすべて降りる前に舞の足が止まった。

「あれ、まっちゃん。こんなところでどうしたの?」

 舞は真子を見つけると、すぐに声をかけた。

 いや、声をかけずにはいられなかった。真子が1人だけで廊下にいるのも珍しいが、凄く沈んだ様子だったのだ。

 舞の呼びかけに、真子は俯いていた顔を上げた。

「あ、ムッチー」

 いつも通りの穏やかな笑顔を見せてくれる。

 あれ、気のせいだったかな。凄く落ち込んでいたように見えたのだけど。

 でも、何かあったから1人でこんなところにいるのよね?

「まっちゃん、何かあったの?」

 舞がストレートに訊ねると、真子は動揺した。

「えっ、な、なんでもないよ」

 否定はしたが、やはり何かおかしい。

 これは…やっぱり何かあるんだ。

 そうとわかれば、友達思いの私としては是非とも訊かなくてはいけないでしょう!

「い~や、その顔は絶対に何かある顔だよ。口は嘘を吐けても、目は真実を語るっていうやつだよ。隠してもムダだからね。全部吐いて楽になった方がいいよ。こんな時の為に友達がいるんだから。さぁ、早く吐いちゃいなさい。そうでないとこれから先、まっちゃんは苦労する人生を歩んでしまうんだよ!」

 ほとんど脅迫だった。友情も何もあったもんじゃない。

 舞の迫力に押されて、真子は後ずさりをする。

 だが、彼女は響歌や紗智のように気が強い性格ではない。舞の脅迫じみた説得にあっさり落ちてしまった。

「た、たいしたことじゃないんだよ。ただ、もしかすると私にはライバルがいるかもしれないと思って…」

 ライバル?

「ライバルって、なんの?」

「だから恋のだよ。恋のライバル」

 恋のライバルということは、もしかしてなくても高尾君関係のことだよね。高尾君に惚れている人が自分以外にもいるって、まっちゃんは言いたいのね。

「あぁ、加藤さんのことでしょ」

 加藤さんは黒崎君とつき合っていたけど、元々は高尾君のことが好きだった。しかも黒崎君とつき合っても忘れることができず、結局は黒崎君を振ってしまったのよ。

 それくらい加藤さんは高尾君のことが好きなのよね。

 あれ、でもその話って、まっちゃんも知っているはずだよね?

「違うよ、加藤さんじゃない」

 あ、やっぱり?

谷村鈴(たにむらすず)だよ」

「谷村さん?」

 真子が出した名前は、舞にとってはあまり馴染みの無い人だった。

 1年の時も、今も同じクラスじゃないからなぁ。

 顔だけなら知っているけど…

「確か、かなりぽっちゃりした人だよね」

 谷村は真子と同じくらいふくよかな女性だった。それでも真子とは違ってかなりオシャレに興味があるようで、髪はロングの茶髪だし、化粧も少ししているようだ。1年の時に廊下ですれ違ったことがあったが、その時に『まっちゃんも谷村さんみたいにオシャレをすればいいのに』と思ったことがあったのを覚えている。

 真子の方は谷村と話したことがあるので、舞よりも谷村のことはよく知っている。

 だからまっちゃんは、谷村さんが高尾君のことを好きだとわかったのだろうか?

「昨日の掃除の時間、谷村さんの友達が谷村さんに言っていたんだよ。『ほら、男子が教室に帰ろうとしているよ。あ~、帰っちゃった。早く来なきゃ。話したかったんでしょ。でも、あの人のどこがいいのよ?』って。それを偶然聞いてしまったんだ」

 まぁ、そうだよね。そんな会話をするっていうことは、谷村さんが男子の誰かを好きなことは確実なんだろうね。


 それでもその会話だけでは男子の誰かとまではわからない。それなのになんで高尾君だと思うのだろう?

「その時って、高尾君しかいなかったわけじゃないよね。高尾君しかいないのなら、わざわざ男子と言うはずがないもの。他の男子も何人かいたんでしょ?」

「実習棟のトイレ掃除になっている4人だよ。4組は黒崎君と橋本君。5組は高尾君と中葉君が当番になっているの。だからその4人のうちの誰かだとは思うのだけど」

 その4人って、誰になっても困る4人じゃないの!

 私の愛する中葉君はもちろんのこと、響ちゃんの彼氏候補の2人。それにまっちゃんの好きな高尾君って…

「最悪じゃないの」

 舞は頭を抱えた。

 誰が谷村さんの好きな人なのだろう。

 まずはそれを確かめなくてはいけないのだけど…あぁ、少し怖いわ。

「中葉君じゃないといいんだけど」

 つい本音が出てしまった。

 いけないっ、これだと他の3人にして下さいって言っているようなものじゃない!

 舞は慌てて口を押えたが、その後ろから声が聞こえてきた。

「まっちゃんには悪いけど、それ、高尾君っぽいわよ」

 舞が驚いて振り返ってみると、いつの間に来ていたのか紗智が立っていた。

「さっちゃん、来ていたんだ。でも、高尾君っぽいなんて。なんでそう思ったの?」

 舞が驚きながらも疑問をぶつけると、紗智は肩をすくめた。

「だって谷村さんって、よく高尾君に話しかけているもの。しかもそれがまた凄く嬉しそうなの。その反面、ムッチーの好きな中葉君には全然話しかけていないから大丈夫でしょ。あとの2人も可能性としては低いと思う」

 紗智は真子にとっては酷なことをサラッと言った。

 案の定、真子は落ち込んでいる。その姿は、見ている舞の方が辛くなる程のものだった。

「さ、さっちゃん。もう少し遠まわしな言葉で言ってあげてよ」

 ついフォローしてしまったが、紗智はそんな舞をバカにしたような目で見た。

「この場合はストレートに言った方がいいのよ。私から見て、谷村さんは高尾君のことが好き。それは絶対に間違いなし。まっちゃんは谷村さんに負けないように頑張る。ただそれだけのことでしょ」

 それはそうだけど…まっちゃんが頑張ってもなぁ。既に遅いしなぁ。

 その時、紗智の目から鋭い光が舞の心臓を突き刺した!



 …ような気がした。

 び、びっくりしたぁ。さっちゃんの視線で殺されると思っちゃったわよ。

 あぁ、生きていて良かった。

 舞がホッと胸をなでおろした。

 真子は自分のすぐ傍でそんなやり取りがあることにはまったく気づかず、大きく溜息を吐いた。

「あ~あ、なんだか気が抜けちゃったよ」

 谷村の好きな人がわかって落ち込んでいるのかと思いきや、なんてことを口にするのだろう。

 真子の言葉に、舞も紗智も呆然とした。

「だって谷村さんがライバルなんだよ。言ってはいけないかもしれないけど、もっと綺麗で可愛い人だったら取り返そうと思うけど、谷村さんなんだもの」

 それはいったいどういう意味なのでしょう、真子さん?

 2人は呆然としたままだ。

「でもね、決して高尾君は私のもの。谷村さんなんかなんでもないとは思っていないよ。油断も隙もないと思う。だから頑張らないとね」

 真子は意気込んでいるが、やはり2人は呆然としたままだった。

 なんだかまっちゃんの意外な一面を見てしまった気がする。

 できることなら知りたくなかった。

 呆然としたままの2人の思いは一致していた。
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