主役になれないお姫さま
「三浦さーん。また、受け取ったんだけど…。」

木村さんが小さな紙袋を持って2課のエリアにやってきた。

「あぁ…、またですか…。ご迷惑おかけしてすみません。」

秋吉くんが我が社の担当者になってから、来社の予定が入るたびに私宛のお土産を持ってくるようになった。
何度もこんな事をされるのは困るとメッセージを送っているのだが、あまり効果が無いようだ。

時計を見るともうすぐ昼休みの時間だった。少し早いけど連絡すれば会えるかもしれない。こうなったら直接会って注意をする行かないと思った。

財布とスマホを小さなトートバッグに入れ、少し早いがオフィスを出て秋吉くんに電話をすると直ぐに電話にでてくれた。

「もしもし、秋吉くん?」

『詩乃ちゃんから電話なんて嬉しな。お菓子渡したんだけど受けっとってくれた?』

「受け取った。けど、本当にこういうのは止めて欲しいの。」

『えー、どうしようかなぁー。そうだ、これから一緒にランチしない?詩乃ちゃんもコレからお昼でしょ?』

秋吉くんからランチに誘われた。これは直接会って注意をするにはちょうど良い。

「いいわ。駅の近くに『さくら』って定食屋さんがあるから、そこで待ってて!」

『わかった。そこで待ってる。』

『さくら』は駅から近い定食屋なのだが、人通りの少ない路地に店があるため、昼時でも待たされない店だった。
電話を終わらせると急いで『さくら』に向かった。

お店に入ると秋吉くんを探すのにきょろきょろと首を動かしていると、『お待ち合わせのお客様ね!あちらですよ!」と席を教えてくれた。案内された方を見ると奥の方にある4人席に入口に背を向いて座っていたので彼の正面に座る。

「おつかれさま。」

「お疲れ。俺はとんかつ定食を頼んだけど、詩乃ちゃんは何にする?」

「焼き魚定食がいいわ。」

「おっけー。おばちゃーん!焼き魚定食を追加で~。」

私の希望を聞くとすぐに注文をしてくれた。

「詩乃ちゃんとランチできるなんて今日はラッキーだ。」

機嫌よく笑顔で見つめてくる。

「あのね、秋吉くん。」

「なぁに?」

「何度も言ってるけど、本当に私困っているのよ。会社の人にも迷惑かけてるし…。」

「詩乃ちゃんが俺と付き合ってくれるなら、もうしないよ。」

「だから、秋吉くんとは付き合えないって…。」

丁度その時だった。
『ガラガラガラ…』と引き戸が開いてお客さんが二人入ってきた。

「いらっしゃーい!こちらの席にどうぞ~。」

斜め向かいの席に二人のお客さんは座った。

 …え。一真さん。

後から入ってきたお客とは一真さんと吉川くんだった。

うちの会社の人であれば大抵の人がこの穴場な定食屋を知っているので、2人がこの店に来ても不思議ではないのだが、よりによって秋吉くんと2人の時にくるなんて…。

秋吉くんは一真さんと1度顔を合わせているが、お互いに気づいていない様子だった。

「俺さ。15年も詩乃ちゃんのことを思い続けてたんだよ。今の彼と別れるのを待つなんて全然平気。」

「彼とは別れないから待つ必要はないわ。」

一真さんたちに気づいていない秋吉くんは話を続けた。

「俺、詩乃ちゃん以外の人を愛せないと思う…。」

秋吉くんが真面目な顔に変わった時、私にとってはタイミングよくお店の人が定食をお盆に乗せてやって来た。

「はーい、とんかつ定食と焼き魚定食お待ち!」

テーブルに定食が置かれ二人で食べ始めたが、一真さんたちが気になって仕方がなかった。

「やっぱ、日本の定食はいいよなぁ~。詩乃ちゃんと結婚したらシンガポールに戻っても和食が食えるな!」

「向こうには秋吉くんのお母さんがいるじゃん。ってか、秋吉くんとは結婚しなから!」

「両親は去年から日本に戻って祖父母の家に住んでるよ。だからこっちに戻ってくるまで少しの間一人暮らししてた。家事できる男なんて最高だろ?」

「…恋人にそこは求めてないし。」

「出来ないより良いだろ?」

「そりゃそうだけど…。」

「何か、こうやってお店でご飯食べるの懐かしいな!あ、これ、はい。」

「え?」

「ひじき好きだろ?」

定食についていたひじきの煮物の小鉢ををくれた。

「そんなこと覚えてたんだ。」

何だか照れ臭いのに嬉しい気持ちになった。

「詩乃ちゃんの事は何でも覚えてるよ。」

秋吉くんはここの定食が気に入ったのか、あっという間に完食してしまった。

「俺、詩乃ちゃんの食事の仕方とか好きだった。給食の時、食べ方が綺麗だなぁーって、ずっと見てたんだ。」

にこにこしながら私が食べている姿を見つめる。

「そんなに見られると食べ辛い…。」

「俺、子どもの頃からお嫁さんにするなら詩乃ちゃんしかいないって思ってた。こんな気持ちにさせられるのは詩乃ちゃんだけなんだ。」

「…それでも、私には大切にしたい人がいるの。」

「やっちんから聞いたけど、詩乃ちゃんっていつも浮気されちゃうんでしょ?そいつもそうかもしれないよ?でも、俺なら…。」

「やっちんからそんな話きいてるのっ!?」

ちょっと驚いた。高校と大学が同じだったやっちんは私の歴代の彼氏を知っている。居酒屋で何度か南美ちゃんとやっちんに彼氏の浮気の愚痴を聞いてもらったこともあった。

「実は、少し前に付き合っていた人とも浮気して私を捨てたわ。でも、そんなどん底にいた私を今の彼は救ってくれたの。とても信頼できるし彼といると心が落ちつくの…。いつも私のことを想ってくれているのがよくわかって安心できるの。」

「詩乃ちゃんを想う気持ちなら僕だって負けないよ。絶対に詩乃ちゃんを以外目に入らない。」

「…ごめんなさい。それでも、私は今の彼を選びたい。」

「……そうか。でも、もし…」

秋山くんがさらに話を続けようとしたとき、テーブルの側に人が立った。

「申し訳ないが、そろそろウチの姫を開放してもらえないだろうか?だいぶ困っている顔をしている。」

「あなたは…。」

「一真さん!」

いくら断っても食い下がる秋吉くんを止めに入ってきたのは吉川くんと昼食をとりにきていた一真さんだった。

「横谷部長代理でしたよね?お世話になっております。」

秋吉くんは立ち上がってお辞儀をした。

「君と違って僕は詩乃と出会ってから、まだ日は浅いが真剣に付き合っている。彼女を想う気持ちだって君には負けない自信がるよ。君の一途な気持ちは尊敬するが、僕が彼女の側にいる以上彼女のことは諦めてくれ。」

「えっ?それって…。」

確認するように秋吉くんは私の顔を見る。

「そうなの。私が付き合っているのは彼よ。だから、秋吉くんとは付き合えないの。」

「詩乃を前にするとどうも嫉妬深くなってしまうんだ。これ以上二人にしておきたくないんで、連れて行くよ。」

そういうと、一真さんは私のランチ用のトートバッグを手にした。

「支払いは済んでいる。ゆっくりしていってくれ。吉川も行くぞ。」

そういうと私の手を取り、店から連れ出したのだ。
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