ソルティキャップ
彼女の願い
数日後。真結さんはきれいな花に囲まれて箱の中で眠っていた。死んでいるとは思えないほど鮮やかな顔色で、口角も少し上がっているように見えた。「ドッキリでした!」なんて言って、突然元気に起き上がってくれないかな、なんて空夢を抱いていた。お葬式は親族だけで行われる予定だったけど、叶汰の気遣いで俺も出席させてもらうことになった。お坊さんの読む御経も全部デタラメに聞こえてしまう。それぐらい、真結さんがもう居ないんだということを理解出来ずにいた。

式が終わり全て落ち着いた頃、叶汰はまだ一人で式場に残っていた。立ちすくむ姿は、式の余韻すら惜しんでいるようだった。
「叶汰」
俺の呼びかけには反応せず、叶汰は上の空で話し始めた。
「もう病院に通うこともないなんて嘘みたいだよな」
叶汰は真結さんの遺影をぼんやりと眺めていた。
「なぁ陽介。クリスマスの日、真結、あんな楽しくはしゃいでたけど、実はあの夜危篤状態にまでなったんだ。医者には年を越せないかもしれないって言われたけど、本人は『絶対年越して陽介さんと神社に行くんだ』って言って、宣言通り年越してお前と神社に行ったんだよ」
ぐっと握り締められた叶汰の拳は、小さく震えていた。
「いっつも病室でたくさん俺に話聞かせてくれた。陽介と花火やったとか、野球観たとか、ハグされたとかいつも楽しそうに話してくれた」
叶汰は俯きながら俺の方を向いた。
「陽介がいてくれたから、真結は最期まで幸せだったと思う。お前のお陰で何度も危篤から復活して、最期の最後まで笑えてたんだと思う。陽介が真結の最後のパートナーで本当に良かったよ。本当に…本当に…」
叶汰は深く頭を下げた。
「ありがとう…」
叶汰の足元には一粒、また一粒と涙が落ちていた。俺は叶汰の心境をよく理解していた。妹を失ったことがあるから。だけど俺は、叶汰に寄り添ってやることも、声を掛けてやることも出来なかった。自分のことでいっぱいだった。
「ごめんな。こんな泣かれても困るよな。でもほんと、感謝してるから」
鼻声でそう言い放った叶汰はにっこりと笑うと、俺に背を向けて会場を後にした。叶汰の切ない笑顔は何だか真結さんに似ていた。俺は真結さんの遺影に再び目を向けた。遺影に映る真結さんの笑顔は、まるで冬に咲いた向日葵のようだった。
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