モフぴよ精霊と領地でのんびり暮らすので、嫌われ公爵令嬢は冷徹王太子と婚約破棄したい
(かつてロゼをいたぶり殺した、誰よりもなによりも恐ろしいと思っていた彼が、こんなに弱かったなんて)

 言葉に出来ない苦しさがベアトリスを襲う。

 もう見ていられずにスラニナ大司教から視線をはずしたそのとき。

 空気が一気に熱を持った。風が吹き荒れ、禍(まが)々(まが)しい気配が立ち上る。

 何事かと再びスラニナ大司教に目をやると、彼の背後には老齢の神官がいつの間にかいて、その手にした杖から魔力を放っているところだった。

「ドラーク枢機卿、なにをする!」

 ユリアンの声があがる。

「王太子、我々の罪が公になれば教徒は教えを捨てるでしょう。教団は終わり我々は処刑される。それが避けられないのなら、皆を道連れにした方がこの心も晴れるというもの」

 あまりにも身勝手な言葉だが、ドラーク枢機卿もスラニナ大司教も自分たちが正しいと信じているようだった。狂信者のようなその姿に背筋が冷たくなる。

「滅びろ」

 呪いの言葉のようなドラーク枢機卿の声が響き、杖から赤黒い炎がほとばしる。炎は真っすぐベアトリスの方へ、つまり神木に向かってくる。


 ユリアンが駆け出しながら叫んだ。
「フェンリル!」

 その瞬間、蒼銀に輝く氷狼が現れる。

 ユリアンが使役するフェンリルの氷が、ドラーク枢機卿の炎に打ち勝ち世界を覆っていく。
 その幻想的な光景に、ベアトリスは息をするのも忘れて見惚れていた。


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