私の思い出
記憶
2005年8月31日
私が生まれた。
予定日より1ヶ月ほど早く産まれてしまい、
少しの期間だけ保育器に入っていたとか。

女の子が少ない家系に生まれた女。
初孫だったこともあり、
みんなから相当可愛がられていたと思う。

遠くに住んでいる母方の祖父は、
私に会うために2時間以上かけて
毎週のように家に来ていたらしい。

アルバムの写真の数も、
私と4歳離れた弟とは
比べ物にならないくらい多い。

今、私は17歳。
キラキラJKとはかけ離れた生活をしている。
登校日がほとんどない通信制高校に通い、
週3日くらいはバイトをしている。
バイトがない日はベッドで1日過ごすことがよくある。

私の見た目は派手髪で、身長が高い。
地雷系の格好をすることが多い私は、
日常的に厚底の靴を履いている。
他人から見たら怖いだろう。
平均体重の±2,3kgをさまよっている。
なのに足が規格外に太い。

そして私の内面。
私は中学2年生前半までは超がつくほど真面目だった。
物心が着いた時には、こどもちゃれんじをやっていて、
中1の4月までベネッセのお世話になっていた。

学校の授業中は、真面目にノートを取っていた。
居眠りは1度もしたことがなかった。
人見知りで緊張しやすかった私は、
自発的に発表などはしていなかったが、
それでも授業態度の評価に影響が出ないくらいには、授業を真面目に受けていた。

テストに関しては、学年でも20位以下はとったことがないくらい。
中でも理科が得意で、小学生の時は何度か賞を取ったことがある。
中学生になってからも、テストで90点以上をキープしていた。
1度89点を取ってしまい、授業中に涙が出るほど本気で落ち込んだことがある。

今思えば、完全にベネッセに洗脳されていたのだろう。
高得点なのに悲しむ少女は本当にいたのだ。笑

そんな普通とはちょっと違う私。
私の家族も多分普通じゃない。

まず父について。
父は、町役場で働く地方公務員だ。
背も高く、太っている。
とにかくでかい。

詳しいことは知らないがうつ病らしい。
心療内科に通っていて、薬も沢山飲んでいる。
まあ、今も完治はしていないのだろう。
過去に自殺未遂をしたとも聞いている。

父はしばしば、中国人・韓国人を差別するような発言、他人を見下しているような発言をすることがある。
そしてそれがあたかも当然、常識のように思っている。

実の子供から見てもちょっと頭がおかしい人間だ。

次に母。
母は精神科病院で医療事務をしている。
非常勤だから、私と稼ぐ額はほとんど変わらない。
母も女性にしては背が高めで、太っている。

母は日常的にすぐに怒鳴る。
だが、的を得ていることなので言い返すことは出来ないことが多い。
たまに理不尽な時や、勘違いの時がある。
その時、絶対人に言われないと謝らない。
謝ったとしてもふざけた態度なことが多い。

それでも父に比べたらまだまともな人間だと思う。

最後に弟。
弟は私と4歳差で、今は中学生。
身長が高く、足が長い。
運動部に入っているため、細い。

私に比べて学力が低い。
テストも基本的に平均以下で、
それを悔しいと思っている様子もない。
家で2時間以上勉強しているところを見たことがないくらいには集中力がない。

そして、暇さえあればYouTubeやゲーム。
1日に3時間と決められているのにも関わらず、
普通に破っている。
親に注意されても、数分後には再開している。

なにか気に入らないことがあるとすぐ機嫌が悪くなる。
リビングの机を蹴ったり、ソファーを殴ったり、
なんとなく父に似ている。
実の親子なのだから似てしまったのだろう。


こんな家族だが、普段はただの一般家庭だ。
家族の誕生日も祝い、
クリスマスはケーキを食べパーティをし、
お正月は花札をしながらみんなで年を越し、
バレンタインは母とお菓子を作る。

一見ただの幸せな家庭だ。

実際他人から見たら幸せなのだろう。
< 1 / 2 >

この作品をシェア

pagetop