霊感御曹司と結婚する方法
第一章

ソロ送別会

 こんな店に普段から一人で入れるような上級者ではない。駅前の繁華街からすこし離れたところにある雑居ビル内にあるバー。この日は、梅雨時の季節外れの台風が接近中で、客は私一人だった。だから、ちょうどよかった。

 私にとっては、この店は特別な場所だし、自分の気持ちに区切りをつけるにはここしかないと思って来た。

 もうすぐこの土地から離れる。心機一転とか新たな門出とかという気持ちで去るわけではないから、今日みたいに誰もいなくて静かな日でよかった。

 でも、店に入ってから程なくして、知らない男に声をかけられた。

「となり、誰かいらっしゃるんですか?」

 私の座る席の横には、グラスをひとつ置かせてもらっている。それで声をかけられたのだろう。声の雰囲気では若い男だ。姿や顔を確認しないで、うつむいたまま応えた。

「……いえ、来ないです。このグラスは置いているだけです。ウイスキーのロックです。もう用は済んだので、よろしければ持っていってください」

 声のトーンを抑えて、無愛想に言った。それ、お供えものですけど。などとは言えない。見ればわかるだろう。誰も手を付けないグラスだけが置いてあれば、故人を偲んでいる最中であるということを。普通なら、それ以上かかわらないで放っておくはずだ。

「では、遠慮なく」

 男はそういうと私の横に座り、グラスを手に取ると、一気に飲み干してしまった。 私にとっては男の行動は予想外で、びっくりしてしまった。

「誰かへのお供えものでしたか?」

 この男は、わかってやっている。しかし、本当にお供えものだっただけに、そのとおりだとも言えなくて、あわててごまかす。

「いえ。別れた元彼用です」

「そうなんですか。振られたとか?」

「そうです」

「いつ?」

「えーっと、半年前」

「随分たっていますね」

「そうですね」

「まだ、好きなんですか?」

「……いいえ。お互いに違う世界にいますから、もういいんです」

 最初に言ったことで、墓穴を掘ってしまった。慌てていらないことを赤の他人にペラペラ喋ってしまっている。

 男は私の方に顔を向けて、にっこり笑って、それは良かったと言って、次のグラスを頼んでいた。

 私は、早々に引き上げようと会計を頼もうとしたところ、男が私の分も注文していた。

「お返しをしますよ。もう少し話ししませんか?」

 なんか、軽く見透かされてしまっている。私がバーに初めて一人で来たこともわかっているんだろうか……。

「でも、台風が来ていますし、そろそろ帰らないと……」

「おそらく、あなたは、ここから自宅が近い人とみたな。そもそも、台風で公共交通機関は夕方で止まってしまったし、遠くに帰る身であれば、今晩はここにこないはずだ」

「なんですか、その推理は……」

 でもそのとおりで、家はここから歩いて帰れる。

「僕も今日は出張でこの近辺に来ていて、今日は自宅には帰れなくて、宿泊先の駅前のホテルまで歩いて帰るだけだ。まだ、時間も早いし、連れもいないし、お客も誰もいないし、少し付き合ってくれたら嬉しいんだけど」
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